第90回「我慢と安定の引き換え」

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第90回「我慢と安定の引き換え」


安田

学校の先生って、担任持つと残業はあるし、家で準備する時間がものすごくかかるらしいです。その上、親のハラスメントもあると言われてまして。

久野

はい。親と上司の板挟み状態で、ほんとにしんどい仕事だと思います。

安田

学校で決められたことはやんないといけないし。親からもいろいろ文句言われるし。公立学校の先生って公務員なんですよね?基本的に。

久野

公務員ですね。

安田

公務員だったら、労働法は確実に守られる気がするんですけど。

久野

じつは学校の先生って、未払い残業がめちゃくちゃ多いと言われてます。

安田

公務員なのに?そんなこと許されるんですか。

久野

先生って理想の姿じゃないですか。

安田

理想の姿?

久野

「子供達の理想であるべき」と求められてるので、国に文句を言っちゃいけない。

安田

なるほど。崇高な職業ってことですか。

久野

じゃないですかね。それで成り立ってるという。

安田

お金の話なんかするなと。

久野

だってどうですか。先生がストライキとかしたら。

安田

大ひんしゅくでしょうね。でも今の時代の流れからいったら、未払い残業は許されないでしょう。先生はブラックでOKってわけにはいかない。

久野
いかないでしょうね。じっさい高知大学で「未払い残業の請求」が起きてます。
安田

家での準備時間も労働ですよね。それがないと授業ができないんですから。

久野

裁判すればそう見なされるでしょうね。

安田

授業が終わった後の部活動の顧問とかも。あれ給料出てないと思うんですけど。残業手当とか払わなくていいんですか?

久野

教師には「給特法」という特別な法律が適用されるので、休日労働や残業代を支払わなくてもいいと定められているんです。「教職調整額」という謎の手当があって、月給の4%が最初から上乗せされています。

安田

なんと!じゃあ、部活の顧問は休日に試合の引率へ行っても、それは残業ではないと!

久野

自主的にやってるという判断でしょうね。

安田

「嫌だったら断ってもいいよ」ってことですか。生徒に対してはやりたいんだったら「地元のスポーツクラブに入ってください」みたいな。

久野

今はそういう流れですよね。

安田

学校が放課後の部活をやめちゃうっていう。そうでもしないと先生がもたないですよ。こんな重労働させてたら。

久野

家でテストの点数まで付けてますからね。

安田

あれは労働法的にはどうなんですか?学校には社労士さんは付いてないんですか。

久野

付いてないと思います。学校の先生って意外と知らないですからね、労働法のこと。しかも特別な法律で労働基準法が適用されない部分もある。

安田

それは私立の学校も?

久野

私立のほうが、ちゃんと労基署が入って是正される傾向にあります。

安田

たとえば業務委託の講師だったらOKですよね。1コマごとに報酬を払って、それをやるための準備にはお金を払わなくても。

久野

そういう非常勤講師は小学校ではあまりないですけど。大学では当たり前の形態ですね。

安田

正社員だったら、家で準備してる時間とか、テストの点数を付けてる時間とかは、当然時間外労働ですよね。

久野

もちろんです。

安田

この先それを支払うようになっていくんですか。部活動だったら「やめよう」って選択肢もありですけど。授業の準備はやらないわけにいかないし。

久野

申告して支払っていく流れになると思います。給特法も変えようという動きはあります。ただ先生自体が、不人気業種になってきてるじゃないですか。

安田

そうなんですか。

久野

昔は人気があって8倍や9倍は当たり前だった。ところが今は2倍を切るところまで落ちてきてます。

安田

じゃあ当然、先生の質も落ちてるってことですよね。なりたいって手を挙げたら大体なれちゃうってことですから。

久野

先生の質は落ちてます。重労働のわりに給料が安いので。仮に1000万もらえるとしたら8倍ぐらいにはなるんじゃないですか。

安田

未払いの残業代を払ったら1000万ぐらい行きそうですけど。

久野

確かに。

安田

めちゃくちゃ労働時間長いですよ。

久野

めちゃくちゃ長いでしょうね。部活での土日出勤もあるでしょうし。

安田

でも公務員であるがゆえに、1000万も国民の税金を払うわけにはいかない。

久野

そうですね。官僚にもそんなに払えないですからね。

安田

とはいえ未払いの残業代を入れて計算すると、人件費は増やすしかないですよ。

久野

そうですね。「労働時間はこれぐらいで、これだけの年収がもらえます」ってことをオープンにしないと、いい先生も集まってこないし。

安田

じゃあ今後、先生の給料は上がるってことですか?

久野

本気で教育改革をやろうと思ったら、上げるしかないでしょう。

安田

でも、そんなに金ないですよ。日本国には。

久野

どこに投資するかじゃないですか。医療で老人に払うよりは、教育で未来に投資する。本来はそっちにお金を割り振らなきゃいけない。

安田

それは私も賛成ですけど。いかんせん、それでは選挙勝てないわけで。選挙に勝てないことには法律を変えられないわけですよ。

久野

民主主義国家の限界ですよね。多数決だとどうしても高齢者に有利になりますから。

安田

高齢者の福祉を削るって言ったら、絶対に選挙は負けるでしょう。

久野

普通に考えたら、消費税を減税する前に年金を減らすべきですから。でも分かっていても誰も言わないですもん。

安田

現場では先生が学校を訴えるケースも出てきてるんですよね?「未払い残業代を払え」って。

久野

私学では結構あります。

安田

私学ってもともと給料も高いし、公立の先生のほうがよっぽど大変な気がすんですけど。

久野

法律が違うんですよ。公務員は労働法とは別に、給特法という別の法律があるので。

安田

なるほど。社会保険も国家公務員しか入れない特殊なやつですよね。

久野

共済ですね。

安田

そのわりに人気がなくて、みんな辞めちゃいますけど。

久野

学校組織って相撲部屋と似てると思う。文句があっても言えるような雰囲気じゃない。個人の権利を主張するとか。

安田

学校教育自体がそうですもん。

久野

集団の中でどう調和を保つかってことを教えてるので。そこに馴染めない人はそもそも先生になってないし、言っちゃいけない圧力がめちゃめちゃ強いんだと思います。

安田

先生に限らず公務員全体に「言っちゃいけない圧力」があるんでしょうね。

久野

あるし、オープンになってないですよね。たとえば、ある省庁が「ストライキしてます」とか。国家公務員法でそれは認められてないんですよ。

安田

公務員はストライキが認められてないんですか。

久野

認められてないです。

安田

でも公務員って人気がありますよ。

久野

人気ありますね。安定は保証する代わりに我慢しろってことじゃないですか。

安田

公務員って基本的に残業がなくて、早く帰れるイメージなんですけど。なぜ先生だけがこんなにも特殊なんですか。

久野

聖職だからだと思います。そこに甘えてると思いますね。その代わり、成果も問われないじゃないですか。授業の質がどうかとか全然言われない。

安田

確かにそうですね。これで先生のレベルを上げろってのは無理な話。

久野

この仕組み自体に無理があるんです。そこを変えない限り教育改革は絵に描いた餅ですよ。



久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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