第129回 隠れ過労死とその原因

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第129回「隠れ過労死とその原因」


安田

過労死の基準が20年ぶりに見直されるって。

久野

現在検討中ということですね。

安田

今は月80時間ですよね?

久野

そうです。

安田

2019年は過労死認定の請求455件に対して、認定されたのが174らしくて。まだまだ隠れ過労死が多いんじゃないかって書かれてました。

久野

私は現場でやってますけど。隠れ過労死は見たことないですね。

安田

そうなんですか。

久野

過労死って広い意味で使われるので。疲れがピークに達して脳や心臓に波及して亡くなっていくとか。

安田

そういうのは過労死って言わないんですか?

久野

原因不明になってくるケースもあるじゃないですか。

安田

確かに。過労が原因だとは決められないですよね。

久野

そういうのを踏まえて考えると原因が分からないケースは多いです。

安田

会社としては断固認めない感じですか?

久野

いえ。労災請求される前に金銭的に解決しちゃうとか。表に出ないだけで、そういうケースは多いんじゃないかなと思います。

安田

でも、基本的に残業80時間を超えてたら、もう労災認定じゃないんですか?

久野

一律で認められるわけじゃないんです。逆にいうと80時間未満でも認定されることがあるし。

安田

どういう基準で決めてるんですか。

久野

細かいチェックシートがありまして。それに照らして、例えば直近で重い責任を負った仕事が突然入ってきたとか。総合的に考慮して決めます。

安田

ケースバイケースだと。

久野

はい。恒常的に労働時間が長かったかとか。いろんな状況を踏まえて判断してくので、一律って感じじゃないです。

安田

過労死という病気があるわけじゃないですもんね。

久野

そうなんですよ。

安田

鬱にしろ、他の病気にしろ、「過労が原因じゃないのか」ってことでしかない。

久野

はい。

安田

たとえば死因がガンだったら過労死にはならないんですか?

久野

ならないですね。

安田

仕事のストレスでガンになることもあると思うんですけど。

久野

業務起因性、業務遂行性というのがありまして。たとえば中皮腫っていう、肺にアスベストとかを吸って、肺が侵されて、それが労災になるってことはあるんですけど。

安田

ガンは起因性が認められないと。

久野

「精神疾患からガンになった」という因果関係を誰も説明できないので。そこは労災になり得ないでしょうね。

安田

病気ってだいたいストレスが原因だと思うんですけど。睡眠不足とか。でも医学的なエビデンスがないってことになるんですか。

久野

睡眠不足と言っても、たとえば仕事が終わった後に家でゲームをやってたかもしれない。

安田

まあ確かに。

久野

仕事が原因だと証明ができないものは、ちょっと厳しいですね。

安田

それでいったら証明できるものなんてあるんですか?鬱だって、自分で暗い漫画を読んでたせいかもしれないし。誰も証明できないですよ。

久野

そうなんです。だから業務の部分だけを切り出して「客観的に見えるものは労働時間しかないよね」ってことで80時間というのが決まった。

安田

だったら80時間を超えてたら全部労災認定でいいと思うんですけど。

久野

「極めて労災の可能性が高い」という認定ですね。ただ、本人が80時間って申告してるだけかもしれないし。いろんなことをチェックしないと平等ではないので。

安田

言いたい放題になってしまうと。

久野

はい。「疑わしい」という線引きが80時間ってことですね。

安田

80時間ということは、20日間働くとして1日4時間ですね。

久野

そうです。

安田

毎日4時間の残業って結構長いですね。

久野

夕方6時に終わって10時まで残業ですからね。これが毎日。

安田

長い!

久野

あとは土日に出勤してる場合も多いですね。

安田

欧米では65時間とかになってるみたいですけど。今後は日本もどんどん短くなっていくんですか?

久野

今65時間で検討してます。前回は弁護士とかいろんな団体から、法的エビデンスがないってことで80に戻ったんですけど。今回は65になりそうです。

安田

へえ〜。

久野

恐ろしいのは「出張の多い業務」とか「心理的負担がある業務」とか、そういう項目が盛り込まれていること。

安田

どこが恐ろしいんですか?

久野

だって、仕事って何かしらストレスあるじゃないですか。

安田

確かに。ストレスのない仕事なんてありませんよね。

久野

65時間を超えて、より情状酌量の余地がなくなった感じになってます。

安田

日本人はとくに過労死が多いって言われますけど。実際はどうなんですか?

久野

たとえばアメリカや中国だと、そこまで頑張らないっていいますね。終身雇用という概念がそもそもないので。

安田

病気になってまで続けないと。

久野

駄目だなと思ったら次に行けばいいだけ。日本はどうしても「この会社にい続けなきゃけない」「我慢して階段を登って給与が増えていく」という制度なので。

安田

辞めにくいですよね。

久野

途中で階段を降りる勇気が持てない。どうしてもその会社で働き続けちゃう。

安田

だけど海外でも、エリートはすごく労働時間が長いって言いますよね。

久野

日本人は「働かされてる」という意識が強いんですよ。海外の場合はいい成果を出すために自分でやってるだけなので。

安田

自分の意思で長期間働いた場合は「病気にならない」ってことですか。

久野

いえ。海外でも過労死はあります。ただ、もともと成果を出すために自分でやってることなので。それで終わっちゃうんですよ。

安田

メリハリもありますよね。仕事が一段落したら長いバケーションを取ったり。

久野

そうなんです。日本の場合はメリハリがない。しかもやらされてる感がすごく強い。

安田

やっぱり自分の意思って大事ですね。

久野

重要ですよ。

安田

とくに日本の場合は我慢して働いちゃう国民性だから。国として規制しないとしょうがないんでしょうね。

久野

まずは国の指標として「長くやらないと稼げない仕事」というのを減らしていく。

安田

ちなみに、これって中小企業が中心なんですか?過労死する人って。

久野

いえ、逆ですね。大企業とか官僚の方が多い。

安田

そういえば電通でもありましたもんね。

久野

中小企業ではそこまでストイックにやれないんですよ。

安田

大企業や官僚ってそんなに仕事あるんですか?

久野

官僚はいろんな忖度があるので。余計な仕事が増えたりするんです。大企業は残業減らしても業績に影響ないと思いますね。

安田

じゃあ何のために残業してるんですか?

久野

結局は雇用のためです。余計な社員を抱えるために仕方なくやってる仕事が多い。

この対談の他の記事を見る



久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

感想・著者への質問はこちらから