第153回 成長が止まってしまう本当の理由

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第153回「成長が止まってしまう本当の理由」


安田

人気の洋菓子店があるらしいんですけど。

久野

私、知ってます、これ。

安田

本当ですか。

久野

PATISSIER eS KOYAMA(パティシエ エス コヤマ)ですよね。Yahoo!ニュースで見ました。

安田

そうです。残業がすごいらしくてパティシエやりがい詐欺だって。これ見てどう思いました?

久野

私は社労士なので「これはまずいな」と思いましたね。

安田

残業が多いってことが駄目なのか、それとも残業代をちゃんと払ってなかったことが問題なのか。

久野

このお店は3年で2回も労基署に勧告を受けてるんですよ。それでも全く改善されてないのが一番の問題じゃないですか。

安田

3年で2回って多いんですか?

久野

労基署ってすごくきつそうに思えるじゃないですか。

安田

国税の調査みたいなイメージです。

久野

じつは労基署の人って割と常識的で。1回目に来たときに、いきなりガンガンやってくわけじゃないんです。ちゃんと事情も加味してくれて。

安田

へえ。意外ですね。

久野

どうすれば労働時間を短くしていけるか。そこをちゃんと考えれて実行していけばOKなんです。だけど全く改善が見られなかった。

安田

優しくしてあげたのに全く改善しなかった。

久野

そう。それでここまできちゃったんだと思う。

安田

そもそも直す気がないか、あるいは直せないのか。ケーキ屋さんって仕込みもあるし片付けもあるし。勤務時間で終わらない部分も出てくると思う。

久野

どこも同じ条件ですから。

安田

まあそうですけど。働いてる人が納得してれば「いいんじゃない」ってことにはなりませんか。

久野

すごく難しい時代になってまして。たとえば能力を付けるためのトレーニングって必要じゃないですか。

安田

はい。残業がダメならいつパティシエの練習をするのか。

久野

厨房を使わせてもらえないと事実上できないので。そこを労働時間って言われちゃうと、成長する時間がなくなってしまう。

安田

どうしたらいいんですか。

久野

トレーニングの時間も含めて価格に乗っけるしかない。だけど「そんなことしたら誰も買わなくなるよ」っていう。

安田

結局は日本の安売り問題に行き着くわけですね。

久野

そうなんです。

安田

日本は「100円ショップがいつまでも100円の国」って言われてるそうで。

久野

海外はどんどん値上げして「名前だけ100円ショップ」みたいなのが多いです。

安田

本当に100円で売ってるのはもはや日本だけ。いつまで100円なんだって。

久野

ラーメン屋も労働基準法的にはだいぶ怪しいんです。

安田

ラーメン屋ですか。

久野

「何時間もかけて仕込みやってます」って宣伝してる時点で怪しい。

安田

確かにスープなんて営業時間には仕込めないですよね。

久野

そうなんです。

安田

「ラーメン職人になりたい」「パティシエになりたい」って人は、仕事終がわった後に研修するしかないと思いますけど。それもやっぱり仕事時間に入れなきゃ駄目?

久野

今の常識でいうと労働時間ですね。

安田

ということは会社が給料払いながら教えるしかないと。

久野

そこまで余裕がある会社は少ないですけど。

安田

じゃあ将来「自分でケーキ屋をやりたい」って人はどうすればいいのか。

久野

難しい問題なんです。必ずしも全員が独立したいわけではないし。

安田

そういう人だけ特別扱いするとか。

久野

やってる本人たちが「やらされてました」って言った瞬間に労働時間になっちゃう。

安田

恐ろしい。

久野

だから簡単にはいかないんですよ。

安田

ちなみに本人が「好きでやってました」って場合は、労働時間にはならないんですか。

久野

間違いなく労働時間なんですけど、問題になりづらいだけの話。

安田

なるほど。厳密にいうとそれも労働だってことですね。

久野

そうです。すごく難しい時代になっちゃいました。

安田

本人がやりたかろうが会社で練習させたら、それは労働だと。

久野

そうです。能力を付けるのがすごく難しい時代になってきてる。会社もリスクを負いたくないから「早く帰れ」って話になるし。

安田

スキルアップしてくれないと会社も困りますよね。

久野

だからケーキ屋さんも、セントラルキッチンみたいなところで作って、お店に運ぶだけになっちゃう。

安田

味気ない世の中ですね。

久野

商品の差別化もできないし、スタッフもある意味不幸です。強制的に帰らされちゃうのでスキルも身につかない。法律の難しさですね。

安田

ニュースに出てたケーキ屋さんも、一概に悪いとは言えないかもしれませんね。

久野

とくに人気のケーキ屋さんは、「ここで学びたい」って人が集まって来るので。

安田

本人が納得してるなら「何も悪くない」っていうのが、経営者の感覚ですよ。

久野

「本人の将来を考えての修行」というのは、まっとうな話なんです。ただ「それを言ったらもう駄目だ」ってゲームチェンジしちゃった。

安田

ルールが変わったんだと。

久野

それが働き方改革の本質なので。その中でどうやるか考えるしかない。教育までやらないと儲からないビジネスは値上げするしかない。それが最後結論。

安田

希望して学びに来た人たちとか、将来的に独立していく人にも、給料を払いながら教えなくちゃいけない。

久野

そういうことです。

安田

そうなると相当高い値段でケーキ売らないといけないですね。

久野

それもひっくるめて値上げしないと駄目。そういう時代になっちゃったんです。

安田

ショートケーキがひとつ1000円とか。

久野

もしくはロボットが作りましたとか。どっちかになると思います。

安田

すごい二極化ですね。

久野

これまでが安すぎたんです。

安田

パン屋さんも朝暗いうちから仕込んで1個100円とか200円ですもんね。

久野

美容室も安いです。それもめちゃくちゃ努力して練習してる人たちばかりで。

安田

安すぎたから高く感じるだけで、じつはそれが当たり前の価格なんだと。

久野

そこに至るまでの店の投資額とか、本人の努力とか時間を考えると安すぎる。日本人って見えないものにお金を払わないので。

安田

高くするとお客さんが離れていくし。一体どうすればいいのか。

久野

業界全体で意識してやっていくしかない。

安田

なぜそうしないんでしょう?

久野

必ず誰かが出し抜こうとするから。

安田

「安売り」する裏切り者が出てくると。

久野

はい。でも出し抜いているつもりで、結局は自分の首を締めてるだけなんです。

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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