第29回 最低賃金が上がった未来

この対談について

国を動かす役人、官僚とは実際のところどんな人たちなのか。どんな仕事をし、どんなやりがいを、どんな辛さを感じるのか。そして、そんな特別な立場を捨て連続起業家となった理由とは?実は長年の安田佳生ファンだったという酒井秀夫さんの頭の中を探ります。

第29回 最低賃金が上がった未来

安田
ついに最低賃金の全国平均が1,000円を超えましたね。岸田さんは2030年代半ばまでに1,500円にすると言ってますけど。

酒井
岸田政権がどこまで続くかは置いておくとして(笑)、誰が政権を取っても最低賃金は上がっていくでしょうね。ただ私個人としては、あまり最低賃金には着目していないんです。
安田

へぇ、経営者としても気になりませんか? 最低賃金が上がることで人件費も上がるわけですけど。


酒井
それはそうなんですが、最低賃金をどうこう言う前に、日本の生産性の低さを何とかしなきゃいけないんじゃないかなと。
安田
ああ、なるほど。日本の生産性は、先進国の中でも最下位ですもんね。

酒井
ええ。そもそも時給1,500円で一日8時間働いたとして、月額で24万円くらいですよ。そのレベルで議論している場合じゃないというか……
安田

私は従業員を雇っているわけではないので同感です。でも酒井さんは大勢人を雇っていますよね。実際大変じゃないですか?


酒井
うーん、そもそも最低賃金で雇っていたら、競争力のある会社は作れませんから。特に私の会社が雇っているのはITエンジニアなどの高度人材なので、最低賃金では働いてくれません(笑)。
安田

笑。確かに優秀なITエンジニアを月24万円で雇うのは難しいですね。


酒井
ええ。つまり最低賃金の額に影響を受けないケースも多々あるんです。
安田
なるほど。つまり、最低賃金が上がったからといって、全員の給料が増えるわけではないと。

酒井
ええ。そういう意味では、「日本全体の給与の底上げ」にはならないと思います。
安田
確かにその通りです。考えてみれば、最低賃金が上がることでむしろ就労のハードルは上がるわけですよね。その金額に見合う人しか雇ってもらえなくなるわけですから。

酒井
そういう見方もできますよね。もともと最低賃金あたりの水準で働いていた人は、逆にシフトが減って収入が下がってしまったり、雇い止めに合う可能性もあると思います。
安田
とはいえ、人手が足りない場合はそうも言っていられませんよ。労働集約型の日本では、仕事の大半を人が担っているわけで。

酒井
そうですね。そういう会社は雇い続けるしかないですから、最低賃金のアップが痛手になることはあり得るでしょうね。
安田
「月24万円で雇ったら利益が出なくなってしまう」という会社も多いんじゃないでしょうか。

酒井
そういう会社は淘汰されていくでしょうね。ただ、それが進むとヨーロッパやアメリカのように、若年労働者の失業率が上がってしまうんですよね。厚生労働省もそういう未来を目指しているわけではないと思うんです。
安田

それはそうですよね。「今900円で雇われている人がそのまま1,500円でも雇われ続ける」という未来を想定している気がします。


酒井
「賃金を上げることは労働者にとっていいことだ」と単純に考えて意思決定をしているように見えるんです。本来は二手先三手先まで読んで慎重に対応すべき局面なのに、目先の利点だけしか見ていないというか。
安田
ははぁ、なるほど。ちなみに若い人の失業率が上がるという話ですが、人材不足の会社が彼らを喜んで雇い始めるんじゃないですか? 日本の企業って「未経験の若手」が好きですし。

酒井
その可能性もあると思いますが、育成やスキルアップを含む「将来を見越した採用」にはならないんじゃないかなと。
安田
なるほど。それは酒井さんの会社でも同じですか?

酒井

そうですねぇ。さすがに時給1,500円や2,000円の水準になったら、いわゆる「ポテンシャル採用」はしなくなるでしょう。

安田

ということは、月25万円から30万円を払うなら、即戦力とは言わないまでもある程度スキルのある人しか雇わないと。


酒井

とはいえ、すぐにそういう世界が来るとも思いませんけどね。地方には給与が何十年も据え置きだったり、社会保険も未加入のまま、という会社も少なくありませんし。

安田

表面上は業務委託のような形にして、実は最低賃金以下で雇っている、みたいなケースも聞きますよね。


酒井

そうそう。一方働く側にしても、地方だと仕事自体が少なくて、厳しい条件でもそこで働き続けるしかなかったりする。

安田

なるほど。そういう意味では、地方の経営者には「雇用を守る」という意識も必要なのかもしれません。


酒井
もちろん雇用はある程度守られるべきものではあります。ただ、業務委託や複業など働き方の選択肢が増えている時代に、「雇用する側」の義務だけ厳しくしても片手落ちのような気はしますね。
安田

仰るとおりですね。仮にルールを設けても、抜け道を考える人は必ず出てくるでしょうし。


酒井
そうなんですよね。そういう意味でも最低賃金について議論を重ねても、日本の国力向上には繋がらないんじゃないかなと。
安田
そこは私も同意見ですね。「最低賃金を上げれば自然と生産性も上がる」と国が考えているなら、それはさすがに甘いだろうと思ってしまいます。

対談している二人

酒井 秀夫(さかい ひでお)
元官僚/連続起業家

Twitter  Facebook

経済産業省→ベイン→ITコンサル会社→独立。現在、 株式会社エイチエスパートナーズライズエイト株式会社株式会社FANDEAL(ファンディアル)など複数の会社の代表をしています。地域、ベンチャー、産官学連携、新事業創出等いろいろと楽しそうな話を見つけて絡んでおります。現在の関心はWEB3の概念を使って、地域課題、社会課題解決に取り組むこと。

 


安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家

Twitter  Facebook

1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。

 


 

 

感想・著者への質問はこちらから