地元国立大学を卒業後、父から引き継いだのは演歌が流れ日本人形が飾られたケーキ屋。そんなお店をいったいどのようにしてメディア取材の殺到する人気店へと変貌させたのかーー。株式会社モンテドールの代表取締役兼オーナーパティシエ・スギタマサユキさんの半生とお菓子作りにかける情熱を、安田佳生が深掘りします。
第14回 「後追い値上げ」ではなく「先行値上げ」が重要
前回の対談でスギタさんは、これからは「売り」がないお店の存続はますます難しくなっていくだろうと仰っていました。それって逆に言えば、「売り」があれば値上げをしても大丈夫ということですか?
そうですね。というか、前提として値上げは必要だと思います。今後も原材料費の高騰は続くと思いますし。ただ、「受け身の値上げ」はすべきではないと考えていて。
受け身の値上げ、というと?
はい。「コストが上がったから値上げする」という「受け身な姿勢」は避けるべきなのかなと。それよりももっと「積極的な姿勢」で値上げしていくべきなんじゃないかって。
「利益が下がったから値上げする」ではなく、むしろ「どうやったら値上げできるか」を先行して考えていくということですか?
そうですそうです。店側が積極的に価格を主導していく立場を取ることで、いろいろなアイデアが生まれたり、行動力が上がったりする。そういう視点を忘れてはいけないなと。
ふーむ、なるほど。価格に見合った価値を提供できさえすれば、今までより高くても買ってもらえますもんね。そういえば私も自分の事業で値付けする時は、そういう視点で考えていました。
そうですよね。「原材料が上がったから値上げします」より「2倍美味しくなったので値上げします」の方が納得感がある。商品は今までと同じなのに金額が上がるって、買う側からすると「損」の感情しかないですもん。
そりゃそうですね。そこで納得させられないと、もう買ってくれなくなっちゃいそうです。
ええ。店側もそれを恐れてるから、なかなか値上げに踏み切れなかったりするんです。それもまたリアルな話で。
確かに簡単な判断じゃないですからね。値上げしたことでお客さんが減って、むしろ売上が激減してしまう可能性もあるわけで。
そうなんです。もっとも、僕からするとそもそもの値付けが安すぎるケースも多いんです。「自分が開発した商品だからたくさん売りたい」って思う気持ちはわかるんですけど、利益がほとんどない金額で売っていたりする。
ふむふむ。つまり「お客さんが買ってくれそうな値段」にしようと、利益ギリギリの値付けをしていたりするってことですね。だからちょっと原材料や人件費が上がっただけで赤字になってしまう。
そうなんです。仮にたくさん売れたとしても、値上げに対するハードルは上がってしまいますよね。安売りで成功すればするほど、自らの首を絞めることになってしまうというか。
ははぁ、なるほど。ちなみにスギタさんは「安く売りすぎた」という失敗はないんですか。
偉そうに語っていますが……実はあります(笑)。特にパン屋さんをOPENして1〜2年は、必要以上に安く売ってしまっていましたね。自分の中に「パン=安くて美味しいもの」という思い込みがあって。
ふーむ。でもそれじゃ儲からないですよね。
そうなんですよ。「死ぬほど忙しいのに、全然儲からない」という状態に陥りました(笑)。それこそケーキ屋さんの3倍くらい集客できているのに、全然利益が出ていなかったですから。
やっぱりそうなっちゃいましたか(笑)。まぁどんな商売でも同じですけど、「めちゃくちゃ忙しいのに利益が出ない」という時は何かが間違っているんですよね。
ええ。それで僕も遅ればせながら気付きまして。それで毎年必ず1回、値上げすることにしました。それは10年経った今でも続けています。
ほう、すごい。それがまさに先ほど仰っていた「積極的な姿勢」の値上げというわけですね。
はい。どうやって「客単価」をアップさせるか考え続けています。「この商品にはMAXでどれくらいの金額を出していただけそうか?」みたいな自問自答ばかりです。
なるほど、さすがです。とはいえ先ほどの話にもあったように、「この商品、何も変わってませんが今日から30%値上げします!」と言っても納得感ないじゃないですか。そのあたりのロジックはどう作っているんですか?
そこはすごくシンプルで、値段を上げる分、材料をいいものに変えるんです。そうすると当然、もっと美味しくなる。つまり先ほどの話で言えば「美味しくなったので値上げします」の理屈ですね。実際味が変わるのでお客様にも納得いただけます。
ふーむ、より美味しいものを作り、そこにかかったコスト以上に価格をアップさせる…それが本来の「正しい値付け」ですよ。いやぁ、素晴らしいですね!
ありがとうございます(笑)。「1年に1度必ず値上げする」というルールを決めたことで、積極的な姿勢をキープできているんだと思います。値上げが前提にあるからこそ、「この高級な素材も使ってみようか」と思えるようになりますし。
いいですねぇ。客目線で言えば、パン屋さんやケーキ屋さんに求めているのは「美味しさ」でしかないわけで、そこにガンガン投資してもらえるのはすごく嬉しいですよ。「次はどれだけ美味しくなるんだろう」ってワクワクします。
そうですよね。そこをケチってしまうと、本末転倒というか。例えばせっかくバターロールを買ったのに、使われているのはマーガリンだった…なんて、ものすごくショックが大きいですよね?(笑)
それはもう心底がっかりしますね(笑)。もちろんバター不足の問題があるのもわかりますけど、それなら商品名に「バター」と入れてくれるな、と(笑)。
笑。ちなみにそういうところにもノウハウはあって。そもそもバターを全く使わない商品の数を増やすんです。で、その分、バターを使うべき商品に全振りすることで、「中途半端」を避ける。そういう工夫もできるんですよ。
いいですねぇ。そうやって美味しい商品を作ってくれるという信頼感があるからこそ、例え値上げされたとしても、お客さんは引き続き通ってくれるお店になるんですね。
対談している二人
スギタ マサユキ
株式会社モンテドール 代表取締役
1979年生まれ、広島県広島市出身。幼少期より「家業である洋菓子店を継ぐ!」と豪語していたが、一転して大学に進学することを決意。その後再び継ぐことを決め修行から戻って来るも、先代のケーキ屋を壊して新しくケーキ屋をつくってしまう。株式会社モンテドール代表取締役。現在は広島県広島市にて、洋菓子店「Harvest time 」、パン屋「sugita bakery」の二店舗を展開。オーナーパティシエとして、日々の製造や商品開発に奮闘中。
安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。