第45回 1000店舗の夢を諦めて見つけた大切なもの

この対談について

地元国立大学を卒業後、父から引き継いだのは演歌が流れ日本人形が飾られたケーキ屋。そんなお店をいったいどのようにしてメディア取材の殺到する人気店へと変貌させたのかーー。株式会社モンテドールの代表取締役兼オーナーパティシエ・スギタマサユキさんの半生とお菓子作りにかける情熱を、安田佳生が深掘りします。

第45回 1000店舗の夢を諦めて見つけた大切なもの

安田

以前の対談で、「チェーン店をやろうと思って勉強したけど、結局やめた」と仰ってましたよね。その話がすごく印象に残ってるんです。スギタさんご自身がチェーン店に行かないから、というのが理由だったと。


スギタ

そうですね。自分が好きじゃないものをお客様に提供するのはどうなんだろうという(笑)。

安田

なるほど(笑)。とはいえ経営者の視点で考えると、好き嫌いよりビジネス的な合理性で判断するのが一般的ですよね。つまりスギタさんは「損得」より「感情」を優先したということなんでしょうか。


スギタ

もちろん「損得」でも考えましたけどね。実際にはチェーン展開についてちゃんと勉強して、その上で「これは難しいな」と合理的に判断しました。

安田

なるほど。決して感情のみでストップしたわけではないと。ただ、その決断をした頃って結構前じゃないですか。


スギタ

今から10年以上前なので、30代前半の頃ですね。

安田

それくらいの年齢だと、成長意欲や拡大志向も強かったんじゃないですか? 特に店舗ビジネスをやっている経営者って、店を何軒持っているかがステータスになったりするじゃないですか。何十店舗も経営していれば「すごい!」と一目置かれるわけで。


スギタ

確かに当初は僕も「どでかいチェーンを作るぞ!」なんて意気込んでましたね(笑)。でも勉強する中で今後の人口変動や倒産件数予測なんかを知って、「これは相当難しいのでは…」となっていきまして。

安田

なるほど。それこそ「感情」だけではどうしようもないと悟ったわけですね(笑)。実際、人口減少が進めば進むほどお客さんは少なくなりますし、そもそも店で働くスタッフさんを集めることすら難しくなっていくわけで。


スギタ

そうなんです。それに「市場の寡占化」が進んでいるというのも気になって。当時既にアメリカでは大手が市場を独占している状況で、いずれ日本も同じ流れになるだろうというのは予想できたので。

安田

確かに昨今の日本では、勢いがあるのは大手チェーンばかりですもんね。ちなみに当時のスギタさんは、どのくらいの規模のチェーンを目指していたんですか?


スギタ

当時は1000店舗を目指そうと思ってました。今思うと大風呂敷を広げていただけのような気もしますが(笑)。

安田

1000店舗!?  それはすごいですね。ケーキ屋さんで1000店舗って日本一の規模ですよ。


スギタ

そこはケーキ屋に限定していたわけではなく、フードビジネス全般で考えていました。僕は飲食業界自体が好きなので。

安田

なるほどなるほど。とはいえ1000店舗の計画となると、相当パワーを注いでいたわけでしょう? それをストップしたとなると、エネルギーの向かう先が気になります。何か別のことに興味を持ったりしたんですか?


スギタ

うーん、実はその頃父が亡くなって、気分的に落ち込んでしまったことも要因なんです。そもそも「チェーン店で成功したい」という気持ちは、商売に関して意見の違いもあった父に対して、「成功を見せつけたい」という想いから生まれたものでもあって。

安田

なるほどなぁ。お父さんが亡くなったことで、「誰かに見せるための成功」への興味がなくなってしまったと。


スギタ

ええ。「そもそもなんで1000店舗やりたいんだっけ?」と冷静に考えてみたら、そこに確固たる想いがあるわけではなかった。むしろ僕は「1つ1つの店舗をじっくり育てていく」のが好きだったんです。店をオープンさせて、「さぁこれからどうやってよくしていこうか」と考えるとワクワクしてくる。

安田

ふーむ、本当にやりたかったのは、1000店舗作ることじゃなかったと。


スギタ

そうそう。むしろ大規模なチェーンを作っちゃうと、その醍醐味が味わえないんですよね。店舗ごとの個性なんて出せないし、極限までビジネスライクに判断していく必要があるわけで。

安田

確かにチェーンでは、「売上が下がったらさらに店舗を増やして補おう」という考え方ですからね。スギタさんからすれば「店舗運営」ですらないのかもしれない。


スギタ

そうなんです。そういう意味でも、あの時に踏みとどまってよかったと思ってます。僕はやっぱり今みたいに、1店舗ずつコツコツ増やしていくスタイルが合っているみたいです。

 


対談している二人

スギタ マサユキ
株式会社モンテドール 代表取締役

1979年生まれ、広島県広島市出身。幼少期より「家業である洋菓子店を継ぐ!」と豪語していたが、一転して大学に進学することを決意。その後再び継ぐことを決め修行から戻って来るも、先代のケーキ屋を壊して新しくケーキ屋をつくってしまう。株式会社モンテドール代表取締役。現在は広島県広島市にて、洋菓子店「Harvest time 」、パン屋「sugita bakery」の二店舗を展開。オーナーパティシエとして、日々の製造や商品開発に奮闘中。

 


安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家

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1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。

 


 

 

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