この対談について
株式会社ワイキューブの創業・倒産・自己破産を経て「私、社長ではなくなりました」を著した安田佳生と、岐阜県美濃加茂エリアで老舗の葬祭会社を経営し、60歳で経営から退くことを決めている鈴木哲馬。「イケイケどんどん」から卒業した二人が語る、これからの心地よい生き方。
第86回 社長こそ「副業」をしておくべき理由とは?
第86回 社長こそ「副業」をしておくべき理由とは?

前回の対談で「経営者の世代交代」についての話が出ましたが、私はなるべく若いうちに交代した方がいいと思っているんです。50代や60代になってようやく経営を引き継いでも、そこから価値観を変えるのってなかなか難しいじゃないですか。

そうなんですよ。でも上の世代の経営者ってなかなか引退しませんよね(笑)。というのも、日本人経営者の多くが「引退後の悠々自適な生活」が送れないらしいんですよ。要は何もすることがなくなっちゃうと、すぐにボケたり鬱になったりしちゃうと。いわゆるFIREができないから、なかなか引退に踏み切れないんでしょう。

そうですね。安田さんも同じだと思いますが、やっぱり仕事をしていた方が楽しいので。しかも社員もいない「1人ビジネス」であれば、ある程度気楽に働けますし。いずれにせよ「社長を引退してすぐ隠居」っていうのは僕の性には合わないかな(笑)。

そうでしょうね(笑)。あと、たとえM&Aなどで事業売却できたとしても、老後の生活をすべてまかなえるだけの金額を得られるとは限らない。だから引退しても、ある程度は自分で稼げた方がいいと思うんです。

ええ(笑)。一方で、引退後にまた新たに会社を作って、さらに人を雇って、ということをやり始めるのも大変じゃないですか。だから結局は1人ビジネスになると思うんです。…ただね、そもそも1人でやっていけるのか、というところが大きな問題でして。

社員がいる状態が当たり前だったのに、引退すれば1人になるわけですよ。何もかも1人でやらなくてはいけなくなった時、あまりに何もできなくて絶望する人も多いと思います。…かく言う私がそうだったんですけど。

そりゃもう大変でした。私は25歳で会社を作って46歳で潰れたんですが、「創業社長」として商品開発や営業など全てゼロから始めていたわけです。だからたとえ社長じゃなくなっても、自分1人くらい余裕で食っていけると思っていたんですが、甘かったですね。

ええ。20年社長をやっている間に、社員がいないと何もできなくなっていたんです。新商品のアイデアは出せるんですが、それ以降のことが全然できない。今までは「競合他社がいないか調べて」とか「企画書にまとめておいて」と言うだけでどんどん仕事が進んだのに…。

そうなんですよ。「社員がいてくれたからこそ社長業ができていた」ことにようやく気づいたと言いますか。「自分1人で食っていくというのは、社長業とはまったく違う仕事なんだな」と痛感しましたね。あとは「発信力」にも大きな差が出ました。

そうそう。1人ビジネスをやっていこうと思ったらSNSは必須ですが、「会社」という看板がなくなってから情報発信するのではもう遅くて。もしもワイキューブの社長時代から個人の発信を始めていれば、もっと速くフォロワーが増えていただろうなって。

そうそう(笑)。とはいえ鈴木さんはすでに『相続不動産テラス』でそれを実行されているじゃないですか。しかも『のうひ葬祭』の社長という本業をやりながら、副業でもしっかり稼げている。すごいことだと思います。

なかなかできないですよ、それ。鈴木さんみたいに「◯歳で引退」とキチンと決めている人は多くないですから。…ちなみに中小企業の経営者が引退後に1人で事業を立ち上げたとして、ちゃんと「食っていけるだけ」稼げる人ってどれくらいいると思います?
対談している二人
安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。