泉一也の『日本人の取扱説明書』第16回「too shy shy Japanese」

お笑いの世界では、人見知り芸人が多い。しかも優れた笑いのセンスを持っている。彼らは周りが感じる空気を敏感に察することができるので、変化を起こす笑いのツボがわかる。そして、彼らは人見知りなのに、人から笑われるような恥ずかしい事ができるのは、漫才師やコメディアンといった「表現者としての軸」を持っているからである。

この恥ずかしいという感性は、表現力と密接に繋がっている。芸術作品に裸体が多いのは、まさにこの恥ずかしさと表現が関係しているからだろう。そういう意味では、日本人は「芸術的な表現者」としての強みがあるといっていい。漫画やアニメ、ゲームの世界ではそれが十分に発揮されている。

では、漫画やアニメとは関係ない企業や役所といったところではどうであろうか。失敗が許されず、ボケても突っ込みが許されないお堅い組織では、芸術的な表現に乏しく、機械的で味気がない。そういった組織は、逆に陰湿なハラスメントが起きやすく、芸術性の美しさとは真逆を生み出している。そういった組織で研修や講演をするとき、「このネタどや!笑ってや!」と勢いよくいっても、冷たく静かな場となる。時には失笑される。まさに講師キラーな組織であるが、感性を取り戻す心のストレッチ的治療をしていくと、徐々に笑いが巻き起こり始める。最後には「あの人があんなに笑っている姿を見たのは初めて」といった声が出てくる。

シャイな日本人の感性を活かすには、その周囲への感性的豊かさを大切にして「表現する舞台」をつくることである。その舞台とは、周りが注目するような舞台である。プレゼンの舞台でも、サービスや商品のお披露目でも、運動会でも表彰式でも、とにかく人の目が集まる舞台を種々作ることである。人によって表現の舞台が違うからだ。その表現の舞台を通して、シャイな感性が芸術性として生きてくる。

「舞台をつくるから舞台に登って」といったら、恥ずかしがって「私なんて、そんな・・」。この言葉が返ってきたらしめたもの。宝をそこに発見したのである。

 

著者情報

泉 一也

(株)場活堂 代表取締役。

1973年、兵庫県神戸市生まれ。
京都大学工学部土木工学科卒業。

「現場と実践」 にこだわりを持ち、300社以上の企業コーチングの経験から生み出された、人、組織が潜在的に持つやる気と能力を引き出す実践理論に東洋哲学(儒教、禅)、心理学、コーチング、教育学などを加えて『場活』として提唱。特にクライアントの現場に、『ガチンコ精神』で深く入り込み、人と組織の潜在的な力を引き出しながら組織全体の風土を変化させ、業績向上に導くことにこだわる。
趣味は、国内外の変人を発掘し、図鑑にすること。

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