「医者に向いていなかった医師 上谷ミレイ」|センパイ先生と対談シリーズ

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上谷 実礼(うえたに みれい)
・平成12年(2000年)3月千葉大学医学部医学科卒業
・千葉大学医学部附属病院などで臨床研修
・平成16年4月千葉大学大学院医学研究院助手(環境労働衛生学)
・平成19年4月千葉大学大学院医学研究院助教(環境労働衛生学)
・平成22年労働衛生コンサルタント(保健衛生)試験合格
・平成22年5月千葉大学大学院医学研究院講師(環境労働衛生学)
・平成23年4月ヒューマンハピネス株式会社設立 代表取締役就任
・令和3年 公認心理師 試験合格

医者に向いていなかった医師 上谷ミレイ

安田
安田

精神科医になりたくて、医学部に入られたということですけど。

上谷
上谷

はい。なりませんでしたけど。

安田
安田

そもそも、なぜ精神科医になろうと思ったんですか? 

上谷
上谷

7歳のときに両親が別居して、9歳のときに離婚したんですけど。めちゃくちゃ悲しくて。それが私的には結構つらい体験で。

安田
安田

身につまされる話ですね。

上谷
上谷

そのなかで、「物事の考え方・見方を変えれば、人生って前向きに明るく生きられるんだ」みたいなことを、子どものころから自分なりに思って生きてきて。

安田
安田

すごいですね。

上谷
上谷

あと、友だちから相談を受けることが多くて。私に話すと「元気になる」って言われて。

安田
安田

それで精神科医になろうと。

上谷
上谷

はい。「自分次第で人生って変わるんだよ」ってことを人に伝えたり、応援できるような仕事がしたいなあと。医者になるか弁護士になるか迷ったんですけど。

安田
安田

頭が良かったんですね。

上谷
上谷

勉強は好きだったので成績はよかったです。あと、女子だし、なにか手に職系がいいかなと。それで私の適性から精神科医がいいかなあと。

安田
安田

だけど最終的に精神科医にはならなかった。

上谷
上谷

ならなかったですね。私が思っていたのって対話型のカウンセリング的な、心理療法的なイメージだったんです。でも実際の精神科医って薬物療法が中心で。

安田
安田

アメリカのドラマに出てくる精神科医は対話中心ですけどね。

上谷
上谷

そんなのぜんぜんないんですよ。

安田
安田

へぇ~、そうなんですね。

上谷
上谷

私がやりたかったような、そういうシーンに出てくる仕事って、心理職の人がやる仕事なんです。

安田
安田

心理職?

上谷
上谷

臨床心理士さんとか。当時はなかったんですけど、いまは公認心理師という国家資格があって。私も資格を取りました。

安田
安田

精神科医と心理士は違うんですね。

上谷
上谷

精神科医は診断するために話は聞きますけど、それはあくまでも投薬治療のためという側面が多いんです。それこそ30年ぐらい前の大学病院は、まだ閉鎖病棟的な印象もありました。

安田
安田

昔の精神科病棟って鉄格子が嵌ってるイメージでした。

上谷
上谷

病院に入院するような患者さんは症状の重い人が多いです。だけど「そういうことをやりたいんじゃないんだよな」って思って。

安田
安田

何科になるかは、どのタイミングで決めるんですか? 

上谷
上谷

私たちの時代はストレート入局といって、卒業後すぐに所属する科を決める流れでした。

安田
安田

今は違うんですか?

上谷
上谷

今は卒後2年間で全科を回ってから決める流れになってます。実際やってみて適性を考えて決めるんです。

安田
安田

適性は大事ですよ。

上谷
上谷

そう思います。だけど私の時にはそういう制度がなくて。

安田
安田

上谷さんは外科と内科で4年間研修したんですよね。

上谷
上谷

そうです。最初は外科系の医局に入ったんですけど、めちゃくちゃ適性がなくて。「無理だ」と思いました。

 > 第2回「 医者だって病気になるのです 」へ続く

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