人は何のために働くのか。仕事を通じてどんな満足を求めるのか。時代の流れとともに変化する働き方、そして経営手法。その中で「従業員満足度」に着目し様々な活動を続ける従業員満足度研究所株式会社 代表の藤原 清道(ふじわら・せいどう)さんに、従業員満足度を上げるためのノウハウをお聞きします。
第8回 優秀な社員の退職を防ぐ必殺技
経営者は皆さん「優秀な社員には辞められたくない」と思っているわけじゃないですか。でも世の中、優秀な社員ほど早く辞めていってしまう。これを防ぐ必殺技はないんですか?
必殺技ですか(笑)。率直に回答しますと、「これさえやれば辞めない!」と言い切れる技はないと思います(笑)。
そうですか(笑)。従業員満足度研究所の代表である藤原さんをもってしても、そんなことは無理だと。
まぁ、より正確に言うなら「辞めたいと思った社員を引き止めることはできない」ということでしょうね。社員目線で考えれば、むしろ「辞めたくても辞められない」方がおかしいわけで。
もちろんそうなんですけどね。でも、辞めたい理由はいろいろあるわけじゃないですか。例えばその理由がお金やポジションなのだとしたら、「もっと給与上げるから」「出世させてあげるから」と言えば、それなりの抑止効果になりませんか?
う〜ん、その人が優秀であればあるほど、そういうのは対症療法にしかならないと思います。逆に言えば、それで「あ、じゃあ辞めるのをやめます」となびく人は、そこまで優秀ではないのかもしれない。
なるほど(笑)。確かにすごい成果を出せる人だったら、転職先で今まで以上の給与もポジションも手に入るわけですしね。……うーん、じゃあやっぱり引き止めるのは無理なのか。
従業員満足度の視点で見れば、むしろ「お金以外のメリット」の方が重要かもしれませんね。
お金以外のメリットと言うと?
前提として、「会社」とか「仕事」と一言で言っても、実は同じものは一つとしてないんですよ。つまり、その会社でしかできない仕事、そこでしかお付き合いできないクライアント、そこにしかない人間関係というものが必ずあるわけです。それらに経営者自身が気づき、そして社員皆にも伝わるように言語化できているか、そこがポイントで。
同じものは一つとしてない……確かにその通りですね。たとえば同じ「営業職」でも、A社でやるのとB社でやるのでは必ず違いがある。その差分に魅力を感じてもらうことができれば、退職を思い直す理由になり得るかもしれないと。
まさにそういうことです。そして私の経験上、そういうことの方が最終的な「辞める、辞めない」の判断に影響する。よい会社風土や人間関係がある会社は、給料がそこまで高くなくても、あまり人は辞めません。逆に、引き止める理由がお金しかない会社は危機感を持った方がいいと思いますね。
なるほどなぁ。とはいえ、上げようと思えば来月から上げられる給与と違い、会社風土とか人間関係というのはすぐ作れるものじゃないですよね。そういう意味では、優秀な社員が「辞めます」と言い出すもっと前から準備をしておく必要がありますね。
仰る通りです。先ほど言ったように、一旦「辞める」と言った社員を引き止めることは容易ではありません。だからこそ、そうなる前に対応しておく必要がある。結局、「転職するよりこの会社にいた方が面白いな、やりがいがあるな」と思ってもらえる環境を作っておけるかなんですよ。
仰っていることはわかるんです。でも、言うは易しで、そんな環境を作るのってすごく難しいと思うんですよ。例えば最近は日本のプロ野球からメジャーリーグに移籍する選手も増えていますけど、彼らに「日本でプレイする方が面白い、やりがいがある」と思わせることなんてできます?
いい例えですね(笑)。とはいえここで気をつけたいのは、メジャーリーグと言うと大谷翔平のような規格外の選手のことを想像しがちですが、中小企業の退職問題のメタファーとして考えるのなら、むしろ「背伸びしてメジャーを目指したがっている選手」をイメージすべきだということです。
ああ、確かに。優秀は優秀だけど、パッとアメリカ(大企業)に行って大活躍できるわけではない、というような。
ええ。それでも彼らは、「より挑戦的で面白い仕事」「優秀な人たちと働ける環境」を求めてメジャー行き(転職)を考えている。そのためなら多少給料が下がったり、マイナーリーグからのスタートも受け入れるつもりでいるのかもしれない。
ふむふむ。より大きな成功を掴むために、今のポジションや待遇も捨てる覚悟だと。
ええ。転職ってやっぱりそれくらい大きな決断ですから。でもそこで、「それは自社にいてもできるよ」「メジャーに行くくらいの挑戦もできるよ」「もちろん今までのポジションや待遇も捨てなくていいよ」と伝えることができれば、彼はメジャーに行かなくてもよくなるかもしれない。
ああ、なるほど。明らかにメジャー向きの選手はさておき、背伸びして届くか届かないか、というレベルの人にとっては、むしろ日本リーグにいた方がメリットが多いと感じそうです。
ええ。今回のテーマである「優秀な人に辞められない必殺技」という観点で言えば、一時的に給与を上げるとか休日を増やすとかではなく、そういうメッセージをどう伝えるのか、というところが重要で。
なるほど。でも当然言葉だけじゃなく、それを裏付けるような風土や制度がなきゃだめですよね。つまり「より挑戦的で面白い仕事」「優秀な人たちと働ける環境」が実際になきゃいけない。
はい、その通りです。だからこそ、「辞めたい」と言われてから動き出すんじゃなくて、そもそも辞めたいと思われないような環境づくりに常日頃から努力すべきだということです。
ぐうの音もでない話ですね(笑)。でも、それができてる会社ってほとんどないような気も……。
悲しいけれど、それが現実でしょうね。「給料さえ上げておけば辞めるなんて言わないだろう」と安心している企業も多い印象です。もうそういう時代じゃないんですけどね。
確かにもう少し「個人の生き方」にフォーカスするような時代になってきていますよね。「給与が高くて休みが多ければ人生幸せ!」という短絡的な考えじゃなく、幸せのあり方も多様化している。だからこそ「この会社にしかない魅力」を明確に打ち出す必要がある。
その通りです。でも安田さん仰るように、それって簡単なことではなくて。それこそじっくり時間をかけて作り上げていくものだと思います。また、先ほどのメジャーリーグの話のように「挑戦的な仕事」という意味では、優秀な社員の裁量権をどんどん上げていく方法はオススメですね。
ああ、なるほど! それなら比較的取り組みやすそうです。
ええ。「社内起業」のような形をとって、事業自体を任せてしまう。そうすればイチ社員として周りと同じことをやっていた時とは違うやりがい、経験を得ることができます。しかも会社のお金や人的リソースを使えるわけですから、リスクも少ない。
すごくいい案ですね。会社側から「これやれ」「あれやれ」と言われず、自分の思いどおりにビジネスができる。そういう機会がもらえるなら、優秀な人も辞めずに残ってくれる気がします。
そうですね。優秀な人ほど、待遇より仕事内容を重視する傾向がありますから。逆に言えば、情熱を注ぐことができない仕事ばかりを与えられていたら、見限るのも早い。
わかります。黙々と頑張ってくれていて助かるな、と思っていたら、ある日突然「辞めます」と言われちゃうんですよね。まぁ、突然だと感じるのは社長側だけで、本人はその前から考えていたんでしょうけど。
まさにそういうことなんです。だから繰り返しになりますが、優秀な社員に辞められたくないなら、普段からコツコツと環境づくりをし、やりがいある仕事を任せましょうね、ということです。敢えて言うなら、それが「辞められない必殺技」です(笑)。
対談している二人
藤原 清道(ふじわら せいどう)
従業員満足度研究所株式会社 代表
1973年京都府生まれ。旅行会社、ベンチャー企業を経て24歳で起業。2007年、自社のクレド経営を個人版にアレンジした「マイクレド」を開発、講演活動などを開始。2013年、「従業員満足度研究所」設立。「従業員満足度実践塾」や会員制メールマガジン等のサービスを展開し、企業のES(従業員満足度)向上支援を行っている。
安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。