第264回 行くも地獄、行かぬも地獄

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第264回「行くも地獄、行かぬも地獄」


安田

大企業の賃上げがすごい勢いですね。

久野

どんどん上がっていくと思います。

安田

「労使が異例の共闘」というニュースを見まして。ちょっと理解できないんですけど。

久野

労使ともに賃上げで一致しているからですね。目的が。

安田

「先行きが不安だ」ってことで、大企業はずっと給料を上げず、社内留保を増やしてきたじゃないですか。

久野

その方針が変わったということです。

安田

これからは「給料を増やすぞ」という方向に舵を切ったと。

久野

いろんな意味で「上げないともう持たないよね」ってことを会社は理解しているわけです。

安田

だったら労働組合なんてもう必要ないじゃないですか。

久野

まあ若干プロレスチックというか。「組んでいるふりをして上手に倒れる」みたいな関係ですね。

安田

それって何のための労働組合なんですか。日本ではストも起きないし。

久野

日本の労使は昔からそういう関係なんですよ。

安田

対決しないってことですか?

久野

組合費をもらっているから対決しないのはまずい。だから対決姿勢は出すんだけど、さっき言ったようにプロレスみたいな感じで。組合の人ってじつは経営側と近いんです。

安田

え!労働組合と経営者が近い関係なんですか?

久野

だって組合から入社する人なんていないわけで。元々社内の事情を知った人が組合員になるわけですよ。だから会社の経営状況から見て「これぐらいだよね」というのがわかってる。

安田

なるほど。プロレスですね(笑)

久野

折り合いをつけるのが仕事になってます。会社を止めてまで「賃上げしよう」なんて組合は海外にはあるけど日本にはない。

安田

さすが「和をもって尊しとする」国ですね。

久野

よほど理不尽なことでもない限りストなんてしない。会社側も賃金を上げに来てるので「労働組合が出す金額に満額回答」というのが定番の筋書きになってます。

安田

とはいえ賃金を上げられるのは業績がいい会社だけですよね。

久野

赤字でも「満額回答」という会社が増えてます。去年のシャープとか。

安田

それって「満額回答ができる要求」を労働組合が出してきてるってことですか?

久野

そう思います。だからちょっとプロレスっぽい。

安田

ちょっと考えるふりだけして「わかりました。今回は全額満額回答で」みたいな。

久野

そうすると全員ハッピーになるじゃないですか。会社もやりきった。組合もやりきった。

安田

やりきったって言えるんですかね。1円でも多く勝ち取るのが組合なのでは?

久野

労使が本気で喧嘩しても「誰にもメリットがないよね」ってことです。お互いそれがよく分かってる。

安田

社員もそこまで求めていないんでしょうか。組合に。

久野

求めてないですね。ストをしている期間は給料も出ないので。

安田

出ないんですか!

久野

出ないです。労働組合がそれを補填するわけですけど、組合員が減って今はそんな余裕もない。ストなんてどちらもやりたくない訳ですよ。

安田

なぜ組合員が減っているんですか? 

久野

新しい会社では組合自体を作らなくなってきてます。「組合費がもったいないよね」という人が増えていて。大企業はまだ多くの社員が加入していますけど。

安田

中小企業に組合はないんですか?

久野

中小企業には個人ユニオンというのがあるんですけど。そういうところに会費を払うより「護士さんにお願いしよう」という流れです。

安田

それでも賃上げになっていくのが凄いですね。

久野

賃上げしないと採用できないから。デフレの頃は経費を抑えて筋肉質にしてたけど、今は給料を増やさないと筋肉質になっていかない。労使の思惑が完全に一致してます。

安田

つまり「労使の共闘」は異例でも何でもないと。

久野

ここまで思惑が一致しているのは異例だと思います。どうやって売り上げを増やすか。そこに集中することで稼ぎも増えていく。お互いにすごくいい関係になってます。

安田

中小企業はどうなるんでしょう。年5〜6%も賃上げ出来ないですよ。

久野

最低でも3%は上げないと。世界経済は毎年5〜6%成長していますから。そのためには10%ぐらい単価を上げて売上を伸ばしていかないと。

安田

やっぱり値上げは必須ですか。

久野

今の給料を維持していくと3年後にはめちゃくちゃ安く見えます。もう誰も来なくなってしまいます。賃上げしないという選択肢はもうないんですよ。

安田

行くも地獄、行かぬも地獄ですね。

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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