その131 ゲームのチップ

ずいぶん前ですが、あるメディアで、
富裕層の方が自分の子どもに小さいうちから資産運用をさせている、
というトピックがありました。
100万円くらいを元手にして、株式投資などにトライさせ、
子どもの頃からマネーリテラシーを育てようとか、
そういう意図だったと思います。

資産運用をデモ感覚で行なわせることが
マネーリテラシーにつながるのかどうかはわかりませんが、
うまくいけば増えるもので、そうでなければ減るものだという
ゲームのような概念は得られるかもしれません。

話が飛びますが、何百年か前のヨーロッパでは、
「神に選ばれて救われるためにはどうすればいいのか」
という、当時の人生でいちばん重要な課題と、
「有力な考え方によれば神は誰を救うのかあらかじめ決めているらしい」
という条件をつき合わせた結果、
「いまやってる仕事が神に与えられた天職なんだから、これ頑張る以外ねえじゃん」
という結論に達したそうです。

結果、一部の商人などが神の御心にかなうべく
ストイックに仕事に打ち込んだ結果、儲かったお金が再投資されて拡大をつづけ、
ついにはのちの資本主義の母体になったという言説があります。

これ、もし商人たちが、人間が等しく味わうことができる
お金がもたらす快楽に忠実に振る舞ったとしたら、たちまち浪費に陥って、
そうはならなかったでしょう。

くそマジメに「救われたい」という動機で行動した成果物が、
本来、宗教的には評価の対象にはならないはずの
俗世における巨大な富だったという、皮肉な結果になったのです。

子どもに行なわせる資産運用では、お金はゲームのチップです。
お金とゲームのチップでは、現実世界に持ちこんだときのパワーがまるで異なりますが、
逆にいえば、現実世界で「換金」しないかぎり一切の違いがないのです。

昔のヨーロッパの商人も、
お金のパワーを日常の自分たちの生活に適用させず、
ゲームのチップとしたからこそ莫大な力を醸成したのです。

いつの時代も、みんな、お金は好きだと、当たり前のようにいいます。

しかし、もしお金の正体がゲームのチップだったら、
それでもみんな好きだというのでしょうか?

 

 

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著者自己紹介

「ぐぐっても名前が出てこない人」、略してGGです。フツーのサラリーマン。キャリアもフツー。

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