今週は!
今回も、先週に引き続き、『イノベーターズ』(講談社)よりDX(デジタル・トランスフォーメーション)時代の先駆者たちにまつわるネーミング話をご紹介することにしましょう。
私たちが今日あたりまえに使用しているWWW(ワールドワイドウェブ)。いわゆるウェブは、ほかの多くのデジタル技術と同じく、米国生まれであると思っている人が多いのではないでしょうか。私も『イノベーターズ』を読むまではそう思っていました。
じつはWWWが生まれたのは、欧州。スイスはジュネーブの近くにあるCERN(欧州原子核研究機構)という素粒子物理学の研究所です。
発明者は、ティム・バーナーズ=リーTim Berners-Leeという英国人エンジニアと、ロバート・カイリューRobert Cailliauというベルギー人エンジニアです。
2人は、独創的なプロダクトマネジャー(バーナーズ=リー)と、パワフルなプロジェクトマネージャー(カイリュー)というイノベーションを生み出すゴールデンコンビの関係にありますが、『イノベーターズ』にはこの2人のやりとりによるWWW誕生の瞬間が描かれています。
このやりとりを、会話に仕立てて再現してみることにしましょう。時は、1989年。場面は、バーナーズ=リー(B)がCERN上層部に提案しようとしていた企画書のタイトルに、カイリュー(C)が意見を申し入れるところからはじまります。
C:ティム、君の書いたこの企画書だけどさ。タイトルが『情報管理Information Management A proposal』っていうのは、やっぱイケてないよ。もっと魅力的で、目を引くものでなくっちゃ。
B:だよね。じつは腹案をいくつか考えていたんだよ。たとえば『情報の宝庫Mine of Information)』ってのはどう?
C:う~ん。略すとMOIか。フランス語のMe(私)と同じだね。ちょっと利己的にとられない?『情報の宝箱(The Information Mine)』ってのはどうだい?
B:略したら、僕の名前(TIM)になっちゃうじゃん。それこそジコチュー丸出しじゃん。
C:あちゃー。それはまずいね。とは言え、CERNでよくやるギリシャ神話や古代エジプトの王様から借用するのは嫌だしなぁ。
B:もっと直接的でわかりやすい名前がいいよ。どストレートだけど、こんなのどう?
C:なになに。どんなん。
B:World Wide Web
K:えー、ダメでしょ、それ。略すとWWWで、ダブリュー・ダブリュー・ダブリューって発音するわけでしょ。略した名前が、元の名前より長くなっちゃうなんてありえないよ。
T:いや。いい。ワールドワイドウェブ。いい響きじゃないか。これでいこうよ。
このようなやりとりの結果、提案書のタイトルは、『ワールドワイドウェブ:ハイパーテキストプロジェクト企画書』に。
ウェブというネーミングが生まれた瞬間です。
じつは私もネーミングを考える際、同じような思考のキャッチボールを自分の頭のなかで行っています。世界を変えるような発明をものにする天才たちも、ネーミングについては案外ふつうに苦労しているのかもしれませんね。