「変化だ、変化だ、変化が大事だ」とみなさんおっしゃいますが、会社も商品も人生も、「変えなくてはならないもの」があるのと同様、「変わらないもの」「変えてはならないもの」もあるのです。ではその境目は一体どこにあるのか。境目研究家の安田が泉先生にあれやこれや聞いていきます。
第27回「我慢の限界」
前回第26回は「50年かかる変化」
そもそも、我慢というのが美徳じゃないって、言ってましたよね?
はい。
でも日本は伝統的に、我慢が美徳っていうイメージですけど。
それは実際には、明治になってからつくられた思想ですね。
そうなんですか?
はい。やっぱり軍人って我慢じゃないですか。しんどい事があっても「我慢せい!」みたいな。
たしかに。
軍隊って、もともと日本にはなかったんですよ。
武士は軍隊じゃないんですか?
武士はひとりひとりが自分の生き様とか、侍の生き方に美しさを求めてる。軍隊ではそういうことはあり得ない。
切腹させられたりとか、まさに我慢のイメージですけど。
ぜんぜん違うと思います。切腹も自分の生き様のひとつなので。
じゃあ我慢は、軍隊のために作られた思想だと。
そうです。それを今は資本主義のために使ってる。
それは、労働者をうまく使っていくためですか?
そうです。言われたことをきっちりと「実行する」という我慢。
ということは「これやれ!」って言われたら、疑問を持たずに遂行するということが「我慢」?
そうです。
我慢って、もっとこうストイックなイメージがありませんか?
むかしは「武士は食わねど高楊枝」っていって、あれも「我慢」なんですけど、そこには格好よさがあるわけですよ。
なるほど。
明治以降の我慢は格好よさがないんです。
なぜ、カッコよくないんですか?
だって「言われたことを、ただ従順にやる」って、どこにも格好よさがないじゃないですか。
武士の我慢は自分の意思で、現代人の我慢は単なる思考停止。
そうです。
現代ではストイックという言葉をカッコよく使いますけど。「ストイックに働いて、いっぱいお金を稼ぐ」とか。
完全に使い方を間違えています。
そうなんですか。
だって「ストイックに満員電車に乗ってます」なんていう人、いないでしょ。我慢と禁欲はぜんぜん違います。
じゃあ、授業中に興味なくても50分間座ってるのは「ストイック」とは言わない。
言わないですね。「苦行」じゃないですか。
苦行?(笑)イチローが毎日素振りしてたのは「ストイック」ですか?
ストイックですねぇ。
やっぱ、そこに自分の意思が入ってるかどうかってことですか?
そうです。ひと振りひと振りに意思が入ってるんですよ。
じゃあ、我慢は意図的に導入されたんですか?
近代化するには、それしか方法がなかったんじゃないでしょうか。
近代化っていうのは、つまり工場で物を大量につくるっていうことですか?
はい。生産力を上げるっていうことですよね。
資本を使って事業を拡大していくためには、軍隊的な我慢が必要だったと。
必要だったということです。
「給料をもらって、言われたことをやる」っていうのは、当たり前のことだと現代人は考えてますけど。
そういう風に教育されてますから。
むかしの丁稚奉公とかは、違ったんですか?
徒弟制度は我慢じゃなかったと思います。師匠や親方がいて、技を盗みながら「自分もいっぱしの職人になって独立する」という自己意志。
ちなみに、徒弟制度っていうのは月給がなかったんですか?
食っていけるぐらいはあるんですよ。でも給料はおかみさんとかが管理してて、貯金してるんです。何かのときのために。
へえ。面白いですね。ちなみに丁稚は住み込みですか?
住み込みですね。
むかしの演歌歌手みたいな感じですか?
似てますね(笑)
それが日本の原形ってことですか?働き方の。
江戸時代の職人の姿が日本人の原形。
じゃあ、急激に変わったのが明治以降?
そうです。機械が主で、機械を動かすための作業員になっちゃったんですよ。
明治になって機織り機とか、ああいうのが入ってきたわけですね。
蒸気機関から電気モーターになって「人間以上に早く、正確に、力強くやる」動力が入ってきた。
じゃあ、動力ができるまでは会社員はいなかった?
機械ができるまでは徒弟制度ですね。
機械を動かすために組織がつくられていったと。
いまも大手の製造業に行くと、職人的に働いてる人は少なくて、オペレーターばっかりですよ。
オペレーターですか。
ロボットを動かすオペレーター、調整するオペレーター、メンテナンスするオペレーター。そういう人たちで成り立ってます。
メーカー以外はどうなんですか?商社とかサービス業とか。
メーカーじゃなくても基本は同じですよ。オペレーターばっかり。
確かに。ハンバーガー焼く時間とか、ポテトの量とかって、全部決まってますもんね。
そうですよ。
オペレーターにも我慢が必要なんですか?
標準化・作業化するためには流れ作業が必要で、そこには我慢が求められます。
今後はどうなるんですか?
二極化すると思いますね。
二極化?
我慢せず自分を表現して生きる人と、我慢の世界でずっと生き続ける人。
いまの会社員って、基本的にみんな我慢してるんですか?
我慢してる人が圧倒的に多いと思います。
何を我慢してるんですか?満員電車とかですか。
まわりと協調しないといけない。作業進捗をちゃんと管理しなければならない。人を管理しなければならない。コンプライアンスを違反してはならない。その他いろいろあります。
その我慢と引き換えに、生涯の安定を保障されてきたわけですよね。
そうです。
でも、我慢の見返りがなくなってきてるじゃないですか。
かなり減ってきてますね。
だから「我慢してられるか!」って人が現れてくると。
これからどんどん増えていくと思います。
増えますかね?
見返りがないので、アホらしくなってくるんじゃないですか。我慢してるのが。
でも、その会社に入るためにいい大学行って、そのためにマジメに勉強して、全部つながってるじゃないですか。
はい。今まではつながってましたね。
今後はつながらなくなりますか?
つながらない生き方も主流のひとつになると思います。
じゃあ、いずれは小学生も我慢しなくなりますか。「こんな授業やってられるか!」とか言って。
ありえますね、それ。
そしたら、まさに学級崩壊じゃないですか。
一度学級崩壊をさせたほうがいいと、私は思ってます。
そこまでしなければ変わらないと?
はい。規律正しく軍隊みたいに子どもたちが勉強してる姿って、異常だと思いますよ。
…次回へ続く…