その117「マニュアル人間って案外優秀なんじゃないか説」

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なぜこんなツマラナイものにこだわるのだろう。そういう「ちょっと変わった人」っていますよね。市川さんはまさにそういう人。でもそういう人が今の時代にはとても大事。なぜなら一見ビジネスになんの関係もなさそうな、絶対にお金にならなそうなものが、価値を生み出す時代だから。凝り固まった自分の頭をほぐすために、ぜひ一度(騙されたと思って)市川ワールドへ足を踏み入れてみてください。

「マニュアル人間って案外優秀なんじゃないか説」

人に何かを教えるって難しいですよね。
一方的に伝えるのは簡単ですが、教えるってことは、教わった人でも同じ様にできる「再現性」が必要になってくるのでね。
「私はこんな風に考え、こんなことをやっている」って伝えても、相手が同じ様にできるとは限りません。
むしろ優秀な人であるほど、当たり前にやれていることが実はかなり高度であったりするので、なおさらです。
そんな当たり前を分解して、他人が再現できるようにするのは簡単じゃないですよね。

車の運転ってよく考えたら、すごい高度な技術が必要です。
でも、その高度さの割に実に多くの人が運転できています。
この再現性のために、自動車学校や道路交通法があるとも考えられます。
また、自動車のハンドルの形が違ったり、アクセルとブレーキが逆だったり、メーカーや車種毎に仕様が違っていたら再現性も下がってしまいますから、自動車にも設計基準があるのかもしれませんね。
自動車の運転ができることを当たり前にするために、かなりの工夫と尽力があったことを感じます。
こういうの、会社で教える側、マネジメントする側になると感じちゃいますよね。
取引先を訪問して、そこの社員さんたちがちゃんと挨拶できるだけで、「おぉ、すごいな」って思ったりね。
挨拶するという簡単な行為でも、大勢の人が同じクオリティで行えている再現性は、やはり驚異です。

挨拶と言えば・・・
郵便局に行くと、「いらっしゃいませ」とか挨拶してくれたり、「普通郵便ですか?」と声かけてくれたりしますよね。
当たり前かもしれませんが、実は十数年前、郵便局ではそんな挨拶や声掛けはしていませんでした。(全郵便局とは言いませんが)
郵政民営化の際、接客やサービスという概念が郵便局に入ってきて、「利用者=お客様」という認識に変わっていったのです。
そのタイミングで、郵便局内の変化を取材をしていたニュース番組のシーンが今でも印象に残っています。
その取材では、挨拶の仕方を練習している郵便局員の方々が映っていました。
来客した方に、誰が、どのタイミングで、どんな風に挨拶するのか、って話し合っているんす・・・いい大人たちがw
「君がいらっしゃいませと言った後に、私たちが続いて挨拶するから、まずは君から挨拶して・・・」と責任者らしい男性が女性の部下に言ってたり・・・
その「いらっしゃいませ」も恥ずかしいのかすんごい小さい声でボソボソ・・・
情けない話ですが、何も決まっていないと挨拶ですらまともに再現できないのでしょうか、人間って(涙)

誰がやっても同じ成果を出す(再現性)ために、「マニュアル」は良いですよね。
当たり前に出来ている人が「なぜ出来ているのか?」を分解して、作ることになるので、大変ですけどね(汗)
前述の自動車の運転にしても、マニュアル(自動車各部の説明や操作手順)があって、実地訓練とあわせて学べるのが自動車学校ですよね。
ところが、マニュアルで全ての状況に対応することは出来ませんから、自身で考えて臨機応変に対応していく必要があります。
そんなとき判断基準にするのが、価値観で、それをまとめたものが「クレド」なんて言われていますね。
会社であればこの2つが揃っていて、しっかり運用されてれば、社員さんそれぞれが会社としてベターと考える判断ができ、会社がとって欲しい行動に近い行動を取ることができるようになります。

ただ、再現性の要であるはずの、マニュアルがやたら難しいことってありません?(汗)
僕は身体が固くて開脚とか股割りに憧れるのですが、柔軟の解説動画などを見ていると、「まずはこの姿勢をとってください♪」と出てきます。
開脚のための柔軟マニュアルのファーストステップなのですが・・・その姿勢すら僕にはできません(涙)
僕みたいな人もいるんだって考えたとき、再現性を大前提に作られたマニュアルとて機能しない、活かせない人もいるんだな、って気付いちゃいました・・・
もし、これが会社だったら・・・運用しているマニュアルの理解ができる人かどうか、実践できる人かどうかはしっかり見極めた方が良いってことですよね。
・・・なんだろう、自分をきっかけにこんなことに気付きたくなかったかも。

 

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著者/市川 厚(いちかわ あつし)

株式会社ライオンハート 代表取締役会長
https://www.lionheart.co.jp/

LH&creatives Inc.(フィリピン法人) CEO
https://lionheart.asia/

<経歴>
三重県の陶芸家の家に生まれる。
(僕が継がなかったので、父の代で終焉を迎えることになる…)
大学時代、遅めの中二病を発症。経済学部に入ったのに、何を思ったか「ファッションデザイナーになるんや!」と思い立ち、大学を中退。アパレル企業に就職。
ところが、現実は甘くなく、全く使えない僕に業を煮やした社長から、「Webサイト作れないとクビだからな!」と言われ、泣く(T_T)パソコンの電源の付け方も知らなかったけど、気合でWebサイト制作を習得。しかし、実際のところは、言い訳ばかりで全く成長できず・・・怒られて、毎日泣く(T_T)そんな頃、「デザインにも色々ある」と改めて気づいて、広告業界へ転職、広告制作会社のデザイナーとしてのキャリアをスタート。
「今度は言い訳をしない!」と決めて仕事に没頭し、四六時中仕事していたら、黒目がめくれ上がってきて、眼科医から「失明するよ」と言われ、ビビる。2004年勤務先で出会った同僚や友人を誘って起業、有限会社ライオンハートを設立(現 株式会社ライオンハート)。ところが、創業メンバーとあっさり分裂、人間不信に。残ったメンバーと再スタート。
2014年、設立10周年を機に、創業メンバーで唯一残っていた人間を日本法人の社長にし、自身は会長になり動きやすい状態を創る。この頃からブランディングエージェンシーを名乗り始める。
2016年、フィリピン(マニラ)にITアウトソーシング企業(LH&creatives Inc.)を設立。設立準備期間から家族とともに移り住み、フィリピンで3年半を過ごす。
フィリピン人マネジメントを通して、猜疑心の塊になり、性悪説に変わる。
2019年6月、日本に帰国し、日本法人のマネジメントに復帰。社内コミュニケーションを充実させるために席替えしたり、誰も掃除しない椅子をきれいにしたり、「眠いときはしゃべった方が良いよねッ」ってスタッフに話しかけながら仕事をするなど、独自のインナー・ブランディングの理論を実験していたところ、会社の調子が上がった。そもそもブランディングってなんだ?と思っていたところに、BFIの安田さんと出会い、勝手にご縁を感じてコンサルを受けてみる。そしたら安田さんに誘われ、2020年、anote konoteに参加することに。

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