経営者のための映画講座 第4作目『ジョーズ』

このコラムについて

経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週金曜日21時。週末前のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。

『ジョーズ』は健全経営のバロメータ?

スピルバーグを一躍有名にしたのは、人食いザメが大暴れする『ジョーズ』である。映画としてはとてもシンプル。アメリカの避暑地である海辺の町に、突如現れた人食いザメを警察署長、海洋生物学者、そして、プロのサメハンターが力をあわせて退治するという物語だ。

この映画の特徴を一言で言えば、「見せない」ということになるだろう。映画の冒頭、薄暗い海辺で若いカップルが逢瀬を楽しんでいる。そのうち、女性が水着姿になり泳ぎ始める。不穏な音楽が聞こえ、女性の身体が海の中へ引き込まれる。1度、2度と引っ張られたあと、ググッと波間に姿を消してしまう。人食いザメの映画だと思っているから、これはもうサメにやられたに違いない!と観客は思うのだが、ここではまだサメは姿を見せていない。犠牲者だけがスクリーンに映されている。

この手法の使い手として名高いのはヒッチコックである。事実、スピルバーグもヒッチコックの影響に言及しているし、あらゆる場面で影響を超えて引用と言えるほどにヒッチコックタッチを多用している。

さて、この映画の見どころは見えないサメによる恐怖の増長だが、もう一つの見どころがある。それはいわゆる正義と悪との戦いだ。なんとなくサメが悪に見えるのだが、サメは捕食をしているだけなので、人にとっては厄介だが悪と言われる筋合いはない。それよりも、犠牲者が出ているにも関わらず、観光資源である海水浴場を閉鎖しない市長が悪の化身として登場する。彼は外面よく市民のためを主張するのだが、ようは事なかれ主義なのである。「確たる証拠もないのに海水浴場を閉鎖して、観光客が来なくなったらどうする」と穏便に処理しようとするのである。

その市長と真っ向から対立するのが警察署長である。彼は市民が被害に遭わないということを最優先に考え行動するのだ。と、書いていても思うのだが、この映画の古くささを感じるのはここだ。勧善懲悪的な登場人物の配置が、この映画を一挙に古くする。なにしろ、1970年代はアメリカにしろ日本にしろ、まだまだ「古き良き時代」が色濃く残っていた。アメリカンドリームよろしく一儲けすることもできるし、例えば親の稼業を継いで大人しく人生を送るという選択肢もあった。

私が思うに、高度経済成長期以前の古き良き時代のもっともよかった点は「儲けたいやつは儲けられる」、そして「普通に暮らしたいやつは普通に暮らせる」ということだった気がするのだ。この二つの選択肢があるからこそ、人はいつも善の側に立つことを許されたし、穏やかに生きていけたのだと思う。ところが今はどうだろう。どの分野でも幾つかの競合がしのぎを削って切磋琢磨するという時代ではなくなっている。残るか潰れるか。共存して互いに成長し合うという優しい時代ではないのだ。

だからこそ、子ども向けの仮面ライダーでさえ、悪い仮面ライダーと良い仮面ライダーが闘って見せたりするし、マーベルのヒーローはいつも苦悩しながら闘っていたりする。良い警察署長と悪い市長のどちらかに感情移入しながらのんきに映画なんて見ていられない。自分のなかにある善と悪に心を揺さぶられながらパニック映画の名作を見ることになる。そして、ついつい自分自身の中に人食いザメがいるのかもしれない、などと考え始め、しかも、自分の中の人食いザメに自分が食われてしまう想像をしてしまうのだ。こうなったら、いまの世の中にだいぶ心をやられている証拠なのかもしれない。

ということで、世の中の経営者のみなさん。いまこそ、スピルバーグの出世作『ジョーズ』を見ながら、自分がどのくらいこの映画を楽しめるのか、試してみるのはどうだろう。もし、無邪気にこの映画を楽しめたのなら、それはまだまだ人を信じることができている証拠なのかもしれないし、健全な経営ができている証拠なのかもしれない。そして、無邪気に嘘をつかなくてもいいビジネスに打ち込むことこそ、この映画の迫り来る人食いザメの恐怖に打ち勝つ、唯一の方法なのかもしれないと考えたりするのだ。

著者について

植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。

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