このコラムについて
経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週金曜日21時。週末前のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。
『アニー・ホール』の嫉妬と愛
ウディ・アレン監督の出世作は紛れもなく『アニー・ホール』だろう。それまで、ドタバタコメディを撮り続けてきたウディ・アレンが、哀愁のあるラブコメも撮れるのだという実力を見せつけた作品である。撮影は『ゴッド・ファーザー』のゴードン・ウィリス。1977年に公開され大ヒットを記録したこの作品は、アカデミー賞の作品賞、主演女優賞、監督賞、脚本賞を獲得し、ウディ・アレン本人も主演男優賞にノミネートされた。
ストーリーは根暗なコメディアンと明るいアニーが出会い、口論と仲直りを繰り返しながらやがて別れを経て、友人として新しい関係を築いていく、という他愛ものないものだと言える。しかし、その会話のリアルなやりとりや、アニーの自然な笑顔が高く評価され、『アニー・ホール』は多くの観客の心に深く刻まれることになったのである。
この作品に限らず、ウディ・アレン作品の重要な要素は嫉妬である。男女が出会い愛し合う、という流れはこれまでの映画と変わらないし、今の映画とも変わらない。しかし、その愛の障害となる事件が起こったり、新たな旅立ちが始まる前に、ほとんどの場合、主人公である男優(この作品の場合はウディ・アレン)が恋人である女優(この作品の場合はダイアン・キートン)に嫉妬するのである。
愛しているのに、その相手がより大きく成長しようとする発芽を見つけては、男はその芽を摘もうとする。自分の手のひらの上でわかりやすく花開いているうちはいいのだが、他の場所からの光を見つけ、その光の方へ花を向けようとすると、男は「あの光は毒だ。あっちへいっちゃいけない」と阻止を図る。時には嘘を吐いてまで。でも、そこはウディ・アレン作品だから愛嬌があるし、哀愁がある。自分でヤキモチを焼いて、恋人の邪魔をして、しかも自己嫌悪に陥ってしまう。これじゃ、うまくいくものもうまくいかない。
そんな『アニー・ホール』という作品が大ヒットしたのは、みんなのなかに同じような気持ちがあるからだし、ウディ・アレンやダイアン・キートンに感情移入できる経験があったからだ。つまり、人というのは人を愛するものだし、愛する人に対してヤキモチを焼くものである、ということを素直に教えてくれる作品だったわけだ。しかも、それをオシャレにカッコ良くではなく、どこまでもかっこ悪く描かれていたことで、多くの若者が心惹かれたのだ。
それは、恋愛だけではなく会社経営も同じだ。経営者は自分の会社のために頑張ってくれる社員が好きだし、好きな社員が別の会社の経営者をほめたりするとやっぱりヤキモチを焼いてしまう。そのヤキモチを顔に出さず、一緒になって社員がほめている会社のことを見つめたりできればいいのだけれど、そうはいかない。どうしても、嫌味の一つも言いながら、やっぱり「うちのほうがすごいぜ」的なことを言いたくなるのである。しかも、それなりに人生経験をしてきているので、その辺りがバレないようにうまく言うのである。でもね、うまく言うからバレてない、と思っているのは本人だけ。経営者は忘れがちだけれど、社員だって生活を賭けて働いているんだから、経営者の小さな心の変化や誤魔化しはきちんと見分けているのだ。
著者について
植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。