このコラムについて
経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか? なになに、忙しくてそれどころじゃない? おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者であり、映画専門学校の元講師であるコピーライター。ビジネスと映画を見つめ続けてきた映画人が、毎月第三週の木曜日21時に公開します。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。
『大脱走』で学ぶ個性を活かしたチームワーク。
映画『大脱走』は戦争映画ではあるが、戦闘シーンが登場しない。ジョン・スタージェスが監督したこの作品は、いわゆる戦場が舞台ではなく、ドイツの捕虜収容所が描かれている。そして、そこから脱走を試みる連合軍の捕虜たちが主人公だ。
収容所の捕虜を演じたのはスティーブ・マックイーン、ジェームズ・ガーナー、リチャード・アッテンボロー、チャールズ・ブロンソン、ジェームズ・コバーンら、テレビなどで頭角を現していた若手の役者たちだ。この映画の前半部分は、主に登場する捕虜たちの個性を紹介することに割かれている。物資の調達を得意とする者、証明書の偽造を得意とする者、そして、不屈の闘志を仲間たちに見せつけ周囲を鼓舞する者。それぞれが個性を発揮しつつ、脱走という目標に向かって突き進んでいく。
つまり、いくつもの個性で作り上げられたチームワークというエンジンで力強く前進していくのだ。ただ、様々な個性が同居したチームがバラバラな方向に向かい、空中分解するというパターンも私たちはよく知っている。では、なぜこの映画の男たちがひとつの方向に向かうことができたのか。説明するまでもなく、それは「ここにいたら死んでしまう」という恐怖だ。戦場で敵国に捕まっている。いくら強がっても、相手がその気になりさえすれば、自分の命なんてあっと言う間に潰されてしまう。ここで生き延びるなら、愛する妻や家族にもう一度会おうとするなら、逃げるしかないのだ。
その思いをもっとも強く観客に伝えたのが、スティーブ・マックイーンだ。彼は反抗的な態度をとり独房に入れられても、ひとり壁にボールを投げ続けた。そして、自由の身になった時にも、ドイツ軍のバイクで広い平原を走り続けた。そんなスティーブ・マックイーンの姿に観客は心を打たれ、同時に鼓舞される。すべてはうまくはいかなくても、自分が自分として生きていくためには、負けてはいけないという強い意志が必要のだということをこの映画のマックイーンは教えてくれる。
さあ、経営者のみなさん。「このまま停滞していたら会社が死んでしまう」という危機感を社員たちと共有しているだろうか。そして、「みんなの個性を集めて、他にない会社にしよう」と力強く宣言する勇気があるだろうか。とりあえず、映画『大脱走』を見て欲しい。ギラギラと目を輝かせながら脱走の準備を着々と進めるマックイーンたちが、力強く頼もしく見えたならやるべきことが見えてくるかもしれない。
【作品データ】
大脱走
1963年制作、172分
脚本/ジェームズ・クラヴェル
監督/ジョン・スタージェス
出演/スティーブ・マックイーン、ジェームズ・ガーナー、リチャード・アッテンボロー
音楽/エルマー・バーンステイン
著者について
植松 雅登(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。映画学校で長年、講師を務め、映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
現在はフリーランスのコピーライター、クリエイティブディレクター。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。