このコラムについて
経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか? なになに、忙しくてそれどころじゃない? おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者であり、映画専門学校の元講師であるコピーライター。ビジネスと映画を見つめ続けてきた映画人が、毎月第三週の木曜日21時に公開します。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。
『タッカー』に見る業績を作る経営者と歴史を作る経営者の違い
コッポラが描く映画の主人公は、だいたい失敗する。しかも、当たって砕けろ的な失敗の仕方ではなく、みな泥沼へと自ら歩みを進めていく。『ゴッドファーザー』のマイケル、『地獄の黙示録』のウィラード、そして、本作『タッカー』のタッカーと、上げていくときりがない。
映画を撮るたびに予算を大幅に超え、スタジオや自宅を抵当に金を借り、予定通りのスケジューで完成せずに精神を病む。そんなことを繰り返しながら傑作を世に送り出してきたコッポラが、泥沼にはまっていく主人公にこだわるのは自然な成り行きなのだろう。
『タッカー』は、1940年代後半に実在した自動車、タッカー・トーピードと、その開発者タッカーの物語だ。
タッカーは大手自動車メーカーの車にはない夢の車を作ろうとしていた。速くて、美しくて、安全性の高い車を世に送り出すため、タッカーは私財をつぎ込み、一切の妥協を許さずに開発にいそしんだ。
自動車の進行方向に追随するヘッドライト、当時一般的ではなかったシートベルトの装備など、要するに金に糸目をつけずに、自分が乗りたいと思う、本当にいいものを作り上げようとしたのだった。しかも、それをできるだけ安く提供し、夢の車をみんなのものにしようとしたのだから、すでに勢力を誇っていたビッグ3(フォード、GM、クライスラー)はタッカー潰しに奔走する。政治家を使って、タッカー・トーピードの違法性を突き、安全性に疑問を呈し、あらぬ噂を立てては、評判を落とす。ありとあらゆる嫌がらせ、そして、こだわりすぎた開発費用によって、やがて、タッカーは詐欺師扱いされ、破産へと追い込まれていく。
ドラマチックに描かれるタッカーの開発物語は、とても感動的で、「この車が今あれば乗ってみたい」と思わせるだけの説得力がある。実際、タッカーが作ったタッカー・トーピードはたった51台しか作られていないのだが、この映画の撮影当時、そのうちの47台が現存し実際に走行可能だったそうだ。それだけ、タッカーの車を手に入れたオーナーが、その車に惚れ込み、大切に扱ったという証拠だろう。
タッカーが装備しようとした安全装置や、先進のデザイン性は、今思えば、彼が自動車の歴史に先んじていたことがわかる。当時のタッカーも果たせなかった夢を、人知れず他のメーカーで実践した開発者もいることだろう。そういう意味では、タッカーは自動車の歴史作ったことになる。しかし、彼は自分の作った車で、自分の会社をうまく経営し、自動車メーカーとして牽引することはできなかったのである。
アップル社のスティーブ・ジョブズが今も稀有な経営者として語り継がれるのは、自分の使いたいコンピュータを自ら開発し、しかもそれが多くの人々に受け入れられたからだ。そんな経営者はなかなかいない。タッカーのように、理想の車を世の中に送り出し、新しい時代を築くのかと思った途端にハシゴを外されてしまう経営者も多い。
映画の中で、タッカーは新車の発表に向けて必死に準備を進めながら、少しずつ追い詰められ狂気に支配された顔をする場面がある。あの一瞬に、映画の中のタッカーは、何かを手に入れ、何かを失ったように見えるのだ。さて、映画「タッカー」の主人公は何を手放し何を手に入れたのか。そして、世の中に放った51台のタッカー・トーピードは、タッカーにとって夢だったのか、それとも地獄の門を潜る馬車だったのか。
【作品データ】
タッカー
Tucker: The Man and His Dream
1988年制作
110分
監督/フランシス・フォード・コッポラ
出演/ジェフ・ブリッジス、ジョアン・アレン、マーティン・ランドー
音楽/ジョー・ジャクソン
撮影/ヴィットリオ・ストラーロ
編集/プリシラ・ネッド
著者について
植松 雅登(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。映画学校で長年、講師を務め、映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
現在はフリーランスのコピーライター、クリエイティブディレクター。