第235回 値上げはどこまで続くのか

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第235回「値上げはどこまで続くのか」


安田

給料を上げるしかない状況になって、「もう値上げは避けられない」という話でしたよね。

久野

私はそう思います。

安田

だけど中小企業はなかなか便乗値上げができない。さらに大手までもちょっと値上げを控えているらしいです。

久野

一気に上がりすぎたので、大手の場合は様子見じゃないですか。

安田

値上げすると日本人は我慢するらしいです。マヨネーズ使う量を減らしたり。だからこれ以上値上げすると売れなくなるんじゃないかって。

久野

いや、値上げは止められないでしょう。

安田

まだまだ値上げは続きますか。

久野

構造的にもう無理ですから。マラソンみたいに走って緩めて、走って緩めての繰り返し。長期的に見ればガンガン上がっていくと思います。

安田

大手も今は緩めてるだけで、値上げマラソンを止めたわけではないと。

久野

たとえば食品業界が先頭を走るじゃないですか。そうすると関連している一部の会社が値上げせざるを得なくなるんです。

安田

先頭について行かざるを得ないと。

久野

そう。どこかが動けば連動してみんな動く。ただ、その動きにみんながついていけるかどうかは別問題。ついていけない会社が最後に割り食う。

安田

割りを食った会社はどうなるんでしょう。

久野

値上げできない会社は利益が出ないので無くなっていきます。これから5年ぐらいかけてだんだんそうなっていくと思います。

安田

体力のある会社が値上げをせず「一気に市場を取りに行くパターン」もあるじゃないですか。あえて利益を出さない戦略というか。

久野

今回はそういう会社は出てこないと思います。デフレの頃はそういう戦略もあったんですが、今は高くして値上げできない会社を振り切るチャンスなので。

安田

いま値上げせずして「いつするんだ?」って感じですか。

久野

そうですね。強い会社ほどこの機を逃さずやる。ここで止まっちゃうと間違いなく利益が出なくなるので。

安田

値下げ競争はどこかで行き詰まるわけですね。

久野

既に行き詰まってます。「これまでと同じ経営では利益が出ない」という時代に変わりました。

安田

既に変化してる?

久野

はい。ここから更に利益を削るとボロボロになって終わります。

安田

外資系のホテルや工場が増えてますから、優秀な人はそっちに流れていきますよね。

久野

そうなんです。外資はそもそも安売りしないので儲かってます。だから給料も高い。それでも「こんなに人件費が安いんだ」って驚いてますよ。

安田

日本企業も給料を上げざるを得ないですね。労働人口もどんどん減っていくわけで。

久野

はい。そうすると、やっぱ値上げするしかないんですよ。

安田

外資系ビジネスは最初から高級路線ですからね。お金持ちを狙って。

久野

最初からお客さんを絞っているのが偉いです。

安田

なぜ日本人はお金がない人にターゲットを絞るんでしょう。

久野

そうなんです。ビジネスホテルもみんな安いほうに行くし。

安田

社労士さんも安さを売りにしてる人は多いですよね。

久野

ある程度大きな事務所はもう安売りできなくなってます。家賃が上がったり、クラウドツールも値上げしたりで。

安田

安さを売りにできるのは個人ぐらいですか。

久野

そうですね。人件費もガンガン上がってくるので。

安田

まだまだ値上げしていない小さな事務所が多いイメージですけど。

久野

値上げに対して後ろ向きの業界ですから。値上げすると「すごいね」って褒められます(笑)

安田

褒められるんですか(笑)

久野

「やらないと死んじゃうでしょ」って感じですけど。

安田

安さを売りに顧問先を集めても、実務をこなす人が必要になるわけで。スタッフがどんどん疲弊しちゃいますよね。

久野

そうなんです。疲弊して、どこかで一気に流れ出します。そもそもお客さんはいいサービスを求めているので、いい人材集めるにはお金がいるんです。

安田

そりゃそうですよね。

久野

プライスが高い方が社員の給与を高く設定できるので、いい社員が入ってくる。だから間違いなくサービスも良くなるんです。

安田

つまりは値上げするしかないと。

久野

社労士業界も「値上げしかない」というのが明らかな結論です。

安田

安さで勝負すると人材の質が落ちて、「さらに安くしないと売れない」という悪循環になってしまう。

久野

そういうことです。これからの時代は安売りが最も難しい戦略なんです。

安田

ちょっと前まで「安売りが一番簡単だ」って言われてたのに。

久野

限界を越えちゃったわけです。スシローも安くするために規模を拡大し続けて、大量に仕入れるから勝っているわけで。

安田

安く売るためにすごい工夫をしてますもんね。

久野

労働集約型ビジネスは全部を自動化できないので、誰かが犠牲を払ってます。このモデルはもう持たないです。

安田

中小企業なんてほとんど労働集約型ですよ。

久野

だから値上げしないともう無理。働いている人の生活がもう保たないです。

安田

税金も社会保険料もどんどん上がってるし。

久野

これからはお客さんと毎年「価格交渉する時代」になると思います。そして従業員からも毎年給与交渉される。

安田

毎年ですか!

久野

毎年給料を上げざるを得なくなる、というのが私の予想です。

安田

昔みたいにストライキが起こったりして。電車が止まったり、先生が授業をやらなくなったり。

久野

いいじゃないですか。健全な姿ですよ。

安田

なぜみんなストライキしなくなったんでしょう。

久野

ストライキの代わりに転職するというスタイルになってます。

安田

なるほど。現代人はストライキせず転職しちゃうと。

久野

はい。何にも言わずに辞めていく。そっちの方がキツいですよ。

安田

今は学校の先生もすぐに辞めちゃいますよね。

久野

そうなんです。経営側から見たら辞める前に「言ってよ」って感じですけど。

安田

何も言ってこなくても、経営側が自ら「条件交渉の場」を設定しなくちゃいけないと。

久野

毎年交渉しないと引き止められないと思います。

安田

そして給料を上げ続けるためには値上げするしかない。

久野

値上げできるブランド力や付加価値がないと淘汰されます。

安田

安さだけで商売してきた会社はもう無理ってことですね。

久野

厳しいでしょうね。

この対談の他の記事を見る



久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

感想・著者への質問はこちらから