経営者のための映画講座 第90作『クレイマー、クレイマー』

このコラムについて

経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか? なになに、忙しくてそれどころじゃない? おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者であり、映画専門学校の元講師であるコピーライター。ビジネスと映画を見つめ続けてきた映画人が、不定期月一回くらいの更新します。読むロードショーでお愉しみください。

『クレイマー、クレイマー』に学ぶフレンチトーストの作り方と父になる心構え

ダスティン・ホフマンが主演した『クレイマー、クレイマー』は、日本では1980年に公開された。原題は『Kramer vs. Kramer』で、裁判でクレイマー氏とクレイマー氏が被告原告に別れて争う離婚裁判ものであることを伝えている。

物語は広告代理店で働くテッド・クレイマー(ダスティン・ホフマン)と、妻であるジョアンナ・クレイマー(メリル・ストリープ)が幼い息子とともに何不自由なく暮らしている様子を映し出すところから始まる。しかし、ジョアンナは唐突に別れを告げる。多忙を極めるテッドは冗談だと思って取り合わないのだが、ジョアンナは一人、姿を消してしまう。

5歳の息子ビリーとともに取り残されたテッドは、父と息子二人っきりの暮らしに翻弄される。息子のためにフレンチトーストを作っても、最初は黒焦げにしてしまう。そこから、父と息子のギクシャクした毎日が始まる。いろんな出来事があり、ときに喧嘩をしたり仲良くなったりしながら少しずつ二人の暮らしは落ち着きを手に入れる。そして、母であるジョアンナがいなくなって1年半ほどが過ぎたころになると、父と息子の暮らしはすっかり板に付き、流れるような連係プレイでフレンチトーストが作れるようになった。

そんなある日、少しの油断が元で、ビリーがジャングルジムから落ちてケガをしてしまう。うろたえ仕事に身が入らなくなったテッドは会社からも解雇される。おまけに、自分から出て行った負い目から息子の養育権を夫に渡すと認めていたジョアンナが、ケガをきっかけに養育権を取り戻す裁判を申し立てる。失業中のテッドは、転職先でも給与が低くなり、苦戦の末、裁判には負けてしまう。

養育権を引き渡す期日が来た。ジョアンナが来るのを待つ間、テッドとビリーはいつものようにフレンチトーストを作る。何も語らず、最後のフレンチトーストをつくり、最後の朝食をとる二人。やがて、ジョアンナが現れる。しかし、ジョアンナは知っていたのだ。ビリーの本当の幸せのためには、ビリーはテッドといることが大切なのだということを。ジョアンナが言う「ビリーと話してもいい?」。そう言われたテッドは、裁判の醜いやり取りをすべて忘れてジョアンナを抱きしめる。やがて、ジョアンナはビリーと話すためにエレベータに乗り込む。

この映画は具体的にどうなるのか、というラストを明示しない。明示しないけれど、離婚する父と母の二人ともが息子のビリーを心から愛していることはしっかりと伝えてくれる。そして、テッドとビリーが作るフレンチトーストを見れば、父と子が築いてきた心のつながり、信頼関係を何も語らなくても知ることができる。

会社のなかのやり取り、組織のやり取りは、組織が大きくなればなるほど、裁判所での言葉のやり取りに似てくる。誰かの言い分を通すためのデータや証拠やロジックが支配した世界で、物事が決まっていく。もちろん、そのほうが間違いがない、という経験値がそんな世界を創り出したのだろう。でも、この映画のフレンチトーストのように、誰が見ても文句のつけようのない姿形をしっかりと提示できるだろうか。権力を持つものの言葉は、使われる側の生み出すものの価値を確かに把握しているだろうか。使われる側は、経営陣に自らの愛が滲み出すような成果物を見せる事ができているだろうか。

卵とといて、砂糖と牛乳をそこに混ぜて、いつもの食パンを浸してフレンチトーストを誰かと一緒に作り、食べるところから新しい日々を始めてみるのはどうだろう。

【作品データ】

クレイマー、クレイマー
1979年公開
105分
監督・脚本/ロバート・ベントン
原作/エイヴリー・コーマン
出演/ダスティン・ホフマン、メリル・ストリープ、ジャスティン・ヘンリー、ジェーン・アレクサンダー
音楽/ヘンリー・パーセル
撮影/ネストール・アルメンドロス
編集/ジェリー・グリーンバーグ

著者について

植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。映画学校で長年、講師を務め、映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
現在はフリーランスのコピーライター、クリエイティブディレクター。

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