経営者のための映画講座 第14作目『羊たちの沈黙』のマインドコントロール

このコラムについて

経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。

1991年に公開されたアメリカ映画『羊たちの沈黙』はサイコスリラーの名作である。名画座と言われる映画館でも繰り返し上映され、続編や前日譚などシリーズ4作が作られている。この作品の評価が絶大な人気を誇っているのには理由がある。主人公である女性FBI捜査官、クラリス(ジョディ・フォスター)と、監禁中の凶悪殺人犯であるハンニバル・レクターとの関係が驚くほどスリリングだからだ。

この作品の中でレクターは凶悪殺人犯ではあるが、すでに収監されている。しかし、政治家の娘がバッファロー・ビルに誘拐される事件が起こり、その心理分析に元精神科医でもあるレクターに白羽の矢が立ったのである。レクターはFBIへの協力を拒んでいたのだが、少しずつクラリスとのゲームを楽しみ始める。

バッファロー・ビル逮捕のためのヒントを引き出すため、レクターとの面会を重ねるクラリス。やがて彼女は、自分自身のトラウマについて語り始める。子どもの頃、クラリスは父親が亡くなったときに伯父にあずけられ、その時に羊たちが屠殺されるのを見たと話すのである。この時から、元精神科医であり凶悪殺人犯でもあるレクターがクラリスをハンドリングし始める。

この映画を見ている観客は、クラリスが最後までレクターに抗い、持ちこたえてバッファロー・ビル逮捕に至るのかを見つめている。そして、そんなクラリスをマインドコントロールしながら弄ぶレクターに観客自身も抗おうとする。単にクラリスに感情移入するのではなく、一緒になって抗おうとさせる映画の構造が新鮮だったのだ。

やがてバッファロー・ビルは捕まる。そのために尽力したクラリスは英雄だが、それに協力したレクター自身もある意味、歪んだ英雄と言える。クラリスはトラウマを知られることで、レクターに操られ、レクターはレクターで自分の弱みをクラリスに小出しにする。そうやって、クラリスは知らず知らずレクターに同化して行くのである。自分だって、いつレクターと同じように人を殺してしまうかもしれない。そんな思いが彼女の心理の奥底で生まれている。これこそが、レクターのマインドコントロールだ。

私自身、経験があるのだが、満員電車に揺られ会社に出社してタイムカードを押し、クリエイティブ系の仕事にもかかわらず営業ミーティングに参加して、一緒になって「今日も目標達成、頑張るぞ!」と片手を突き上げて大声を出す。最初のうちは「こんなことをさせられるなら、すぐにでも辞めてしまおう」と思っていたのに、二週間三週間と経つうちに、新人バイトに「最初は抵抗があるかもしれないけど、僕らのバックアップがあって初めて、目標達成するわけだから」なんて言うようになっていたのである。

嘘ではない。でも、意に沿わない。そんな小さな障害物をハードルレースのように超えながら、私たちは社会人というものになり、ビジネスを推進するためのキーパーソンというものになっていく。そうやって学び、強くなっていくのは確かだ。しかし、その「意に沿わない」ものが大きすぎたり、度重なったりすると、人はあっと言う間に壊れてしまう。しかも、真面目な人ほど「自分自身の成長のためだ」「上司はきっと私のために言ってくれているんだ」とすべての無理を正当化しながら重ねてしまい、心神喪失状態になってしまうのだ。

少し無理をさせて強く育てる、というやり方は嘘ではないと思う。しかし、そんな時代ではなくなっている。若手のストレス耐性は弱くなっているし、社会全体のストレスは強くなっている。そんな中で、毎日通う会社でストレスフルな仕事が山積みになっていれば誰だって壊れる。そういう意味で、経営者は今という時代を知らなければならないのだ。そして、ほら、あなた自身が「会社勤めなんてできないんだよ、おれ」とか、「人に使われるより、オヤジの会社を継ごうと思って」といいながら経営者に収まったときに感じていた、あの「使われるストレス」は、経営者になろうなんて思いもしなかった社員たちのなかにもあるのだということを肝に銘じるべきだ。

著者について

植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。

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