このコラムについて
経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。
『ティファニーで朝食を』で知るヘップバーンのすごみ。
『ティファニーで朝食を』はヘップバーンの映画である。映画化が計画された当初、マリリン・モンローにオファーが出されたが実現せず、映画化された後は原作者カポーティがジョディ・フォスターで再映画化を望んでいたという。しかし、映画『ティファニーで朝食を』が世界的に大ヒットし、いまも語り継がれ上映され続けているのは、ヘップバーンの映画だからだ。
ふらふらとした足取りでニューヨーク五番街のティファニーのショーウィンドウを眺めながらパンをかじるヘップバーン。ふるえるような細い声で『ムーン・リバー』を歌い、小説家志望の男の心をわしづかみにするヘップバーン。この映画はオードリー・ヘップバーンのためにあり、ヘップバーンがいたからこそ映画としてのバランスをところどころ欠いているにも関わらず名作と呼ばれているのではないかと思えるほどだ。
この映画の主人公、ホリー・ゴライトリーは社交界の裕福な男たちの間を渡り歩いて生活している。つまり、娼婦と紙一重の暮らしをしている女なのである。そう考えると、モンローにオファーが出され、フォスターで再映画化が懇願された理由がわかる。いわゆるセックスシンボルとしてのホリー・ゴライトリーが求められたのである。
しかし、そこはエンタテインメントの都、ハリウッドだ。人気女優だったヘップバーンも30代を迎え、少し難しい役どころに挑戦する絶好のタイミングだった。それまで清廉潔白なイメージを保ってきた彼女にニューヨークの娼婦を演じさせたのだ。ある意味、それはヘップバーンのキャリアに対するテコ入れ的な意味もあったかもしれない。そして、ハリウッドは見事に応えたのである。
経営者たるもの、自社製品のテコ入れに失敗するケースは多い。愛着ある製品だからこそ、これまでの顧客、これまでの売り方に固執してしまう。そのせいでただ値段を下げたり、ただ販路拡大に走ったりしながら、結局は製品の価値を下げてしまうことが多いのではないだろうか。
ハリウッドは正攻法でこの映画を成功させ、ヘップバーンの女優としての幅を広げさせた。夜の女であることを匂わせる場面を極力カットしながら、主人公ホリーの人としての魅力に強くフォーカスしたのだ。日々の不安に震えながら、それでも笑顔で生きようとするホリーをヘップバーンは見事に演じたのだった。
今日、『ティファニーで朝食を』を見て、ニューヨークの夜の女の映画だと思う人は少ない。ちょっと風変わりな可愛い女をヘップバーンが見事に演じている映画になったからこそ、いまも映画ファンはニューヨークのティファニー本店を訪れ、いまはなきヘップバーンに永遠に憧れ続けるのである。
著者について
植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。