
たとえばね、自分が何か新しい仕事とかを探すとか、自分で何か得意なことを仕事にしたいっていう、そういうのが私の相談として多いんですけど、「友だちにそれを知られたらどうしよう」とか、「見られたくない」みたいな人がいるらしいんですね。

「自分が付き合いたい人とか、自分にとって都合のいい人以外はタヌキにしか見えないという作戦を私は思いついた」という話をしてたら、「そんなことができるか。何がタヌキだ」とか言われちゃってですね、「そんなの、タヌキだと思えたら苦労するか」みたいなのでですね、「それができないから苦労してんだよ」みたいなことで、とにかく「安田は若者のピュアなハートを壊してしまう」なんて言われてるんですよ。

僕のなかでは、まあ、多少無神経で、えー、なんていうんでしょうねえ、なんか、やっぱ心遣いが足りないのかなっていうですね、デリカシーがないと申しましょうか、そういうところは、まあ、自覚してたんです。どうですか?お二人から見て。

あ、そういうふうに言っていただけるとうれしいんですけど、そういうふうに言ってくれる人ばかりじゃなくてですね、僕のなかでは愛あるお節介として、たとえば、はじめての人どうしを僕がセッティングしたらば盛り上げないといけないんで、ちょっと壁がある人をいじってあげて……

「誓っちゃったけど、まあ、そのときの気持ちだから変わりますよ」っていう程度の誓いぐらいの他人に対する愛ぐらいはあると思うんです。だけど、本当の意味で「その人のことを思って」みたいなのは……あんまないかな、ぶっちゃけ。

うーん……100パーセントピュアかどうかっていうよりは、なんていうんですかね、本当に何かあったときに手を差し伸べるなり、心が傷つくなり、そういうのはあんまないんですよ。経営者仲間の方が何人か最近お亡くなりになられて「追悼式やるぞ」って言われても、僕、人混み嫌いなんで、「追悼とかべつにいいか」みたいな感じで断っちゃったりするんですけど、「なんて冷たいやつなんだ」みたいな見られ方をすることもよくあるわけです。

(笑)。いや、どうなんでしょうね、やっぱ捉え方を変える必要があるのかなとは思います。逆に安田さんからそう言われたとしても、それで壊れてしまうのは、ちょっと違うんじゃないかなと私は勝手に思ってる感じです。

いま思ったのは、そういうのを事前に言っておくと、ちょっとはクッションになるかなと思いました。つまり、「相手にそんなに寄り添うのが苦手なんだけれども」って、「ズバズバ言っちゃうかもしれないけど、ごめんね」みたいなことを自分でわかってる方だったら、結構受け入れやすいのかなというふうに私は思いましたけど。自分がもし若者だったらですね。

結構言ってるつもりなんですけどね。「寄り添いません」とか「結婚式なんて一切感動しません」とかって言ってるつもりなんですけど、なぜか、なんか、そういうの……だって、お二人だって僕に愛情を求めてたじゃないですか。
*本ぺージは、2021年5月5日、ポッドキャスト「安田佳生のゲリラマーケティング」において配信された内容です。音声はこちらから
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