第26回「メンバーシップ型雇用の限界」

この記事について
税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第26回「メンバーシップ型雇用の限界」

安田

カネカの炎上があったじゃないですか。

久野

育児休暇でしたよね。男性の。

安田

はい。育児休暇を取って、会社に戻ってみたらいきなり転勤だと言われて。

久野

結局辞めちゃったんでしたっけ。

安田

はい。辞めざるを得なくなった。それを奥さんがネットに書き込んで大炎上。

久野

ちょっとしたことで炎上しますから。

安田

今日も別の炎上ニュースが出てました。大阪で仕事してたのに、その事業部がなくなって「川崎に行け」って言われて「行かなかったら解雇された」みたいな。

久野

また転勤がらみですか。

安田

最近こういうニュースが多いんですよ。実際どうなんですか?転勤命令っていうのは聞かなくちゃいけないんですか。

久野

労働法上は、就業規則と雇用契約書に「転勤があるよ」ってことを明示しておかなくちゃいけないです。

安田

それをオッケーしてもらってれば、転勤させるのは問題ない?

久野

法律上は問題ないです。

安田

雇用契約書っていうのは、会社がつくって従業員にサインさせるんですか?

久野

そうです。入社時にちゃんと説明して承諾してもらう。

安田

なるほど。じゃあ、そこで承諾してたら転勤命令には従わなくちゃいけないと。

久野

原則そうですね。

安田

原則っていうのはどこまでですか。たとえば奥さんが今ちょっと体調悪いとか、子どもが不登校になってるとか、いろいろあるじゃないですか。

久野

そういったときに「転勤させちゃいけない」みたいな規則はないんですけど、配慮義務はあるんですよ。

安田

配慮義務?

久野

はい。いろんな事情を考慮しながら「社会通念に照らして人事権を行使する」っていうのが一般的なルールですね。

安田

でも、どこらへんまでが「配慮した」って言えるのか、なかなか難しいじゃないですか。

久野

そこは明確になってないですからね。

安田

対応によっては、カネカみたいに炎上してしまいますし。

久野

そうですね。「いや、それは会社の方が正しいよ」ってことも多々あるんですけど。

安田

転勤経験のある人から見たら「そんなの普通だぞ」みたいに思ってるかもしれませんね。

久野

結構、そういう声も多かったですよ。

安田

その程度の理不尽は「会社員だったら当たり前」みたいな。

久野

昔はそれでよかったんですけどね。

安田

これからはマズイですよね。やっぱり。

久野

はい。それはもう今回のケースで分かったと思うんですけど。Twitterとかで拡散されちゃうので相当気を付けなきゃいけない。

安田

法的には、ちゃんと労働契約結んでおけば裁判して負けることはない。でもネットで書かれると世間での評判が著しく落ちちゃう。

久野

裁判でも、配慮したかどうかはちゃんと説明できなきゃいけない。

安田

それはどういう説明ですか。

久野

この人しか駄目だったとか。事業所がなくなってしまうので、こっちに行ってもらうしかない合理的な理由があったとか。

安田

なるほど。

久野

そういうことを証明した上で裁判しなきゃいけない。でもそれに負けなかったとしても社会的評価は別ですから。

安田

ですよね。

久野

会社として正当であったかどうか。それが法律じゃなく、社会に評価される時代になってきてます。

安田

でも大阪勤務だから、大阪の人を採るわけじゃないですか。わざわざその人を川崎まで連れていくって、なかなか会社としてもリスキーだと思うんですけど。

久野

かなりの負担でしょうね。

安田

「事業所がなくなったら辞めてもらいます」的な労働契約って無理なんですか?

久野

最終的には仕方なかったとしても、整理解雇って形になるんですよ。法律上は。

安田

部署がなくなっちゃっても?

久野

部署がなくなっても、その中で最大限の努力はしなきゃいけない。だから選択肢として「川崎に行くこともできますよ」っていうのは、つくらざるをえない。

安田

じゃあ地域限定職って何のためにあるんですか?

久野

地域限定という雇用形態は、従業員さんにとってメリットがあるんです。転勤させられないので。

安田

でも企業側にはあまりメリットないですよね。

久野

はい。基本的には労働基準法って労働者守るための法律なので。

安田

じゃあ、その地域の仕事がなくなっても解雇はできないと。

久野

広い意味では契約解除できるんですけど。基本的に会社っていうのは解雇させるにあたり、従業員の雇用を確保する義務が生まれるんです。

安田

雇用を確保する義務?

久野

はい。労働契約って入社時に締結したものなので、本人が主張した場合にはその条件を広げなきゃいけない。

安田

条件を広げなきゃいけない?たとえば営業職限定で採用して、まったく営業ができなかった場合にも他の仕事を用意してあげないといけない?

久野

原則そうです。アメリカとかヨーロッパはジョブ型なのでそういうことがないんですけど。日本はメンバーシップ型と言って総合職で引き受けちゃってるので。

安田

記事では「SEやれ」って言ったら「SEはもう無理です」みたいな感じで。じゃあ「トイレ掃除やっとけ」となって揉めたんですけど。

久野

賛否の分かれる状況ですね。

安田

「仕事つくってくれるだけマシ」って意見もあるし、「見せしめにされた」みたいな意見もあります。

久野

記事だけでは分からないですね。本当に雇用守るために、いろんな配置を考えたのかもしれないし、見せしめにやったのかもしれない。

安田

でも見せしめ的な人事異動なんて、世の中、日常茶飯事じゃないですか。関連会社に飛ばすとか。

久野

はい。大企業では普通ですね。

安田

だって会社としては仕事を与えてるわけですから。本人が嫌だったら辞めりゃいいわけで。法的には問題ないですよね。

久野

基本的には問題ないですね。

安田

今までずっとそれでやって来たわけですし。

久野

そうなんですけど。でもこれからはちょっと厳しいですね。

安田

それは評判が悪くなるから?

久野

はい。それもあります。

安田

他にも何かあるんですか?

久野

今回の労働法改革って、生産性を上げることを目的にしてますので。

安田

見せしめの配置転換では生産性は上がらないと。

久野

だって「営業は嫌だ」って言ってる人に、無理やり営業やらせても上がらないですよね。

安田

見せしめではなく、生産性が上がる最適の配置をしろと。

久野

それが理想です。

安田

とは言っても、社内に最適の仕事が見つかるとは限りませんけど。

久野

そう。だから実際には人材の流動化は避けられないんです。

安田

日本もジョブ型に移行するべきですか?

久野

難しい問題ですけど、メンバーシップ型が限界にきていることは確かです。


久野勝也
(くの まさや)
社会保険労務士法人とうかい 代表
人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。
事務所HP https://www.tokai-sr.jp/

 

安田佳生
(やすだ よしお)
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

 

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