第30回「最後にババを掴むのは誰?」

この記事について
税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第30回「最後にババを掴むのは誰?」

安田

今、人が採れない時代なんですけど。

久野

ですね。

安田

でも人がいないと困るから、とりあえず来たら採っちゃう。

久野

採っちゃうでしょうね(笑)

安田

「いないよりはいいだろう」みたいな感じで。履歴書なんかも良いように解釈するようになっちゃって。

久野

「こうあってほしい」みたいな。

安田

前の職場はこういう理由でダメだったけど、本当はできる人だ。みたいな(笑)

久野

社長と話をしてると、そういうのは多いです。「ここがいんだよ」って。長所しか見えてない。

安田

「いい子が採れそうなんだよ」という話だったのに、実際採ってみたら全然できない。

久野

すぐ言い訳ばかりするとか。

安田

何言っても「頑張ります」って返事するらしいです。

久野

けど、何も変わらない(笑)

安田

最近よく相談受けるんですよ。出来ない人を採用しちゃって、辞めてほしいけど辞めてくれないみたいな。

久野

私もよく相談受けます。「どうしたら辞めさせられますか」っていう。

安田

やっぱり雇っちゃったら辞めさせられないですよね。

久野

労働契約法16条で「解雇には客観的・合理的な理由があるか」「社会通念上相当であるか」となっていて、明確な理由がないと辞めさせられない。

安田

営業マンとして採用したけど「ぜんぜん売れない」っていうのは、客観的・合理的な理由になるんですか?

久野

日本には終身雇用の考えがあって「会社が教育すべきだ」という原則なんですよ。

安田

じゃあ、売れないのは会社の教育が悪いからだと。

久野

日本の場合はそうですね。だから雇い方がすごく大事。

安田

雇い方ですか?

久野

数字とかを明記して契約してるわけじゃないので。営業マンでも何となく採っちゃうじゃないですか。

安田

まあそうですね。というか数字までコミットさせたら採用できないですよ。

久野

そうなんです。だから約束もないままスタートするわけです。で、実際できなかった時に「何をもってできなかったのか」の説明ができない。

安田

「本人は頑張っているでしょ」と。

久野

はい。客観的に「解雇する理由を証明ができない」というのが最大の問題点です。

安田

たとえば12カ月間ずっと達成率20パーセントが続くとしたら、客観的に「君は無理だよね」ってなりそうですけど。

久野

う〜ん。難しいところですね。

安田

それは「商品が悪い」「売らせ方が悪い」「教え方が悪い」ってことになるから?

久野

そうなる可能性もあります。だから「ちゃんと教えた履歴」とか「通常の営業マンはこれぐらいできる」というデータを半年から1年ぐらい積み上げる。

安田

データがあったら解雇できるんですか?

久野

データがあれば客観性が生まれてくるので。はじめてそこで退職勧奨みたいな話ができる。

安田

解雇ではなく?

久野

はい。「悪いけど、この仕事、ちょっとあなたに向いてないかもしれませんね」みたいなところから進めてくのが基本的なやり方。

安田

そこまでしないといけないんですか?

久野

そこまでしても揉めますけどね。

安田

確かに。遠回しに話しても「これって解雇ですか」って聞かれるらしいです。

久野

今はググれば何でも出てきますから。労働者の側もよく知ってるんですよ。

安田

そいういうときには「これは解雇です」とは言っちゃいけないんでしょ?

久野

言っちゃいけないです。そもそも解雇というのは一方的に会社がクビを宣言することなので、話し合ってる時点で解雇じゃないんですよ。

安田

じゃあ話し合った結果「僕は辞めません」って言われたらどうすんですか。

久野

今って「会社を辞めたら終わり」という時代じゃないですから。無理やりしがみついてるほうが、お互いにとって不幸。

安田

私だってそう思いますよ。だけど、しがみついてる側からすると「そんなことは大きなお世話で、俺はここにしがみつきたいんだ」ってことでしょ。

久野

そうなんですよね。

安田

そこまで行っちゃった場合はどうしたらいいんですか?クライアントからそういう相談は来ませんか?

久野

来ますね。

安田

そういう場合は何とアドバイスするんですか?

久野

「解雇ですか」って聞かれたら、いったん引いたほうがいいですよとアドバイスしますね。

安田

やっぱり解雇はダメだと。

久野

はい。今日は話し合いをさせてもらおうと思って相談しただけで、解雇ではないですと。

安田

じゃあ「明日から頑張ってくださいね」みたいな。

久野

もっと線引きする必要はあると思います。

安田

線引きですか。

久野

「半年後に、これぐらいやってもらわなきゃいけない」「できなかったときは会社としても考えさせてもらいます」みたいな感じで。

安田

それでも数字は上がらなくて辞めてくれない場合は?

久野

もうそうなったら最後は腹を括ってやらざるをえない。

安田

ですよね。単に収支上のマイナスっていうだけじゃなくって、組織として空気が悪くなっちゃうケースもあるじゃないですか。

久野

ありますね。

安田

そういう場合は、たとえば向こうが弁護士付けて、労働基準局に駆け込むとなった場合、最悪どうなるんですか。

久野

最悪、訴訟になるでしょうね。解雇不当とかで。

安田

それでも不当解雇なんですか。

久野

そうなる可能性はあります。だから雇った以上は、しっかり教育して、頑張ってくれるようにお願いして、フォローもして。

安田

一旦雇ってしまうと、そこまで覚悟しなくちゃいけないと。

久野

そうですね。

安田

でも、そこで頑張っても、結局訴訟になってしまった場合、最悪どんなことが起こるんですか?

久野

裁判で不当解雇ということになると、従業員の地位たる確認請求をされるんですね。

安田

地位たる確認請求?

久野

例えば「訴訟で負けました。裁判が1年後に決着しました」となると、解雇日にさかのぼって給与の支払いがなされて、その人は戻ってきます。

安田

え!戻ってくる?1年間の給料を支払って終わりじゃなく?

久野

はい。結局、解雇は無効なんで。

安田

何と!戻ってくるんですか。

久野

戻ってきて、お互いいづらいんで、大体は金銭解決みたいな感じになります。で、また何百万円かが出てくと。

安田

じゃあ、働いてない分の給料を払い、さらに辞めていただくためにまたお金を積まなくちゃいけないと。

久野

そういうことです。

安田

いくら人が採れなくても、適当に採用しちゃいけないってことですね。

久野

絶対駄目ですね。そういう採用を続けてると、最後にはババ抜きのババを掴むことになります。


久野勝也
(くの まさや)
社会保険労務士法人とうかい 代表
人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。
事務所HP https://www.tokai-sr.jp/

 

安田佳生
(やすだ よしお)
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

 

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