第92回「拘束時間と労働時間」

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第92回「拘束時間と労働時間」


安田

久野さんサクラエビって知ってます?小っちゃいやつ。

久野

はい。もちろん。お好み焼きとかに入れる。

安田

そうそう。そのサクラエビ漁の船乗りさんが600人ぐらいいまして。そのうち60人が一気に退職したそうです。

久野

それは大変ですね。

安田

サクラエビの漁師さんって社員じゃないんですよ。雇用契約がすごくあいまいらしくて。

久野

そうでしょうね。

安田

まず漁師なので決まった時間に帰れない。

久野

気象や漁の状況によって変わるんでしょうね。

安田

そうなんですよ。だから拘束時間がめっちゃ長い。そのわりに給料が安くて「やってられない」ってことで、若者が60人も辞めちゃった。

久野

若者はすごくシビアに仕事を選びますから。

安田

それにしても600人中60人も辞めるって。業界としては壊滅的だと思うんですけど。

久野

このままだと続けていけないでしょうね。

安田

こういう案件って久野さんの顧問先でもありますか?

久野

いっぺんに辞めるとかはありますよ、やっぱり。

安田

ですよね。サクラエビ漁に限った話ではなく。こういう伝統的な仕事って、しんどい割りに給料も決して高くないし。

久野

コスパが悪いと思われたら、もう辞めちゃいますね。今の子って。

安田

コスパですか。

久野

とくに時間に対する成果をすごく見てます。拘束時間と労働時間って違うんですよ。

安田

え!違うんですか。

久野

違います。

安田

どう違うんですか?

久野

たとえば長距離トラックの運転手は拘束時間がめちゃめちゃ長い。でも仮眠する時間とかもあるじゃないですか。

安田

当然あるでしょうね。

久野

でもそこは労働時間としてお金払う必要がないんです。

安田

なんと!仮眠は労働時間じゃない?

久野

もちろん。

安田

でも拘束時間ではあるってことですか。

久野

拘束時間ではある。運送業だと拘束時間の上限も決まってます。何時間しか拘束しちゃけないとか。

安田

拘束してる間は給料を払って欲しいでしょうね。運転手さんたち。

久野

働かせてる側の論理としては「労働時間短いでしょ」と。拘束時間は長いけど「お前らトラックで寝てるだけじゃん」みたいな。

安田

ひどい。好きでトラックで寝てるわけじゃないのに。

久野

そういう経営陣に対して、従業員は拘束時間で時給計算します。

安田

そりゃそうでしょ。トラックの中で寝なくちゃいけないって、それも仕事ですよ。

久野

でも漁船系のやつなんてもっとすごいですよ。

安田

マグロとか有名ですよね。借金のかたに連れていかれるみたいな。

久野

はい。マグロ漁はめちゃくちゃ危険だけど、半年間ぐらい漁に出て1000万円以上もらえる。でも今の若い子はやらないです。

安田

それは危険だから?

久野

それもありますけど、時間に割り戻したときに安いから。やっぱり時間のほうが大事じゃんって話になる。

安田

たぶんサクラエビ漁って、網を仕掛けてから引き上げるまでの間って、やることないと思うんですよ。

久野

やることはなくても船で待機してなくちゃいけない。

安田

そういうのがいまの若い子には「コスパが悪い」ってことですか。

久野

そうです。拘束時間も含めて時給換算してると思います。

安田

そういう待機時間って、法的には労働時間に入れなくていいんですか?

久野

法的には問題ないです。

安田

待ってる間は給料を払わなくてもいいと。

久野

はい。しかも船の上ってスマホもつながらなかったりして、やることがない。

安田

確かに。しかも給料は出ないし。たとえば電車の運転手さんはどうですか?運転してる時間以外は駅で待機してお茶飲んでたりするじゃないですか。

久野

そこは休憩時間なので給料出さなくていいです。

安田

へえ。そうなんですね。

久野

たとえば休憩中も「電話を取らなきゃいけない」となれば労働時間です。あるいは電話がかかってきたら即対応しなきゃいけないとか。

安田

それも労働?

久野

労働を前提とした休憩になるので労働時間になる。何もやることがないのが休憩。

安田

たとえばトラックの運転手は寝たくなくても寝なくちゃいけないじゃないですか。

久野

そこは個人の自由ですね。

安田

「俺は寝ないぞ」っていうのもありだと。

久野

一応労働契約としては「健康な身体で業務に従事する義務」がある。だから寝てもらわないと困ります。

安田

その時間は「必ず寝なさい」という業務命令だったら、これは給料が発生する?

久野

いや、それでも労働法の観点では発生しない。

安田

なぜですか?電話取るのと変わらないじゃないですか。本人の意志に関係なくやんないといけないのに。

久野

寝るのが仕事だとは定義されてないので。

安田

なるほど。寝るのは労働とはみなされないってことですね。

久野

みなされないです。

安田

へー。じゃあ、どのへんから労働とみなされるんですか。たとえば休憩室の場所が決まってて「この場所から出ちゃいけない」ってのはどうですか?

久野

拘束はされてるけど労働時間じゃない。

安田

え!労働じゃないんですか。

久野

たとえば不良が出た時にランプが付くから見張っとけとか。それは労働ですね。あるいは誰か来るから待っとけとか。これも労働です。

安田

じゃあ休憩室の床に発電マットを敷いて、それで発電してる場合はどうですか。

久野

それは労働でしょうね(笑)走れとか言ったら間違いなく労働です。

安田

う〜ん。むつかしい。

久野

簡単にいうと、会社がそれに対して利益を得ているかどうか。

安田

なるほど。拘束はしてるけど一切利益につながってない場合は、給料を払わなくてもいいと。

久野

原則はそうです。

安田

まあ労働法的にOKでも、採用や定着を考えると労働者には通じないですけど。

久野

その通りです。

安田

今後サクラエビ漁を継続させていこうと思ったら、どういうアドバイスをしたらいいですか。60人も若い子が辞めちゃってエビが採れなくなっちゃうわけですよ。

久野

サクラエビをもっと値上げして売るしかない。

安田

その分給料を払えってことですか。

久野

はい。あとは待機時間をできるだけ快適にしてあげること。スマホつなげ放題とかゲームし放題とか。それしかないと思います。



久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

感想・著者への質問はこちらから