第93回「世間体とのトレードオフ」

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第93回「世間体とのトレードオフ」


安田

大手飲食チェーン店で働く非正規の人が、コロナ禍で悲惨な目に遭ってるそうです。

久野

ニュースになってましたね。

安田

シフトに入っていなければ給料を補填する必要もないらしいです。

久野

本来はコロナで無理矢理休ませたら、払わなくちゃいけないんですけど。

安田

でも払われてないみたいですよ。「元々シフトに入ってなかった」という主張で。

久野

考えられるケースとしては、雇用契約をものすごく短いところで結んでる可能性ですね。

安田

雇用契約を短く?

久野

たとえば通常の就業契約であれば、週1回しか仕事がなければ4日分の休業補償を払わされる。でも大手はその辺しっかりしてるので。

安田

具体的にはどういう契約をしてるんですか?

久野

基本的なシフトを週2回とかにしちゃうんです。すると仕事がなくなった瞬間に週3日分は払わなくてよくなる。

安田

かなり労働者には不利な契約ですね。

久野

大手は助成金も少ないので。防衛策でしょう。

安田

そうなんですか?

久野

はい。

安田

なぜ大手は少ないんですか?

久野

国がそう決めたから。

安田

大手だから余裕があるはずだから、自分で払えってことですか。

久野

そうです。中小企業は休めば原則10割補填されるんですけど。大企業は4分の3だけ。

安田

へえ。

久野

だから中小の場合はシフト通りにいったん入れて、来なかった分を休業補償していけば、本人にちゃんとお金が渡ってく。

安田

会社としては懐が痛まないので「雇ったことにして払ってあげよう」ってことができると。

久野

それが本来のカタチです。

安田

大手の場合は自分の腹が痛むので「シフトに予定のない人は払いません」ってことになる。

久野

そうです。元々そこまで想定して契約してるはず。

安田

大手のほうがシビアってことですね。

久野

そういうことです。非常にシビアな契約形態。

安田

じゃあ同じ飲食店でも、大手系列では働かないほうがいってことですか。

久野

いえ。そのぶん福利厚生はしっかりしてます。

安田

なるほど。いいところもあると。

久野

ただ大手企業の場合は、非正規雇用で経営のバッファを考えてるので。

安田

いざとなったらそこを切る?

久野

はい。苦しくなったときに、非正規での調整を一気にやり切る。普段の待遇はいいだろうけど、逆に振れると吐き出される可能性が大きい。

安田

リスクはあるよと。

久野

そうです。中小は元から人不足なので。状況が戻ったときに人がいないと対応できないから、わりと優しい。

安田

そこまで考えて職場を選ばなくちゃいけないってことですね。大手は普段の待遇はいいけど、その代わりいざとなったら、スパンと切られる。

久野

そういうことです。

安田

でも働いてる人に自覚はないでしょうね。大手なんだから「なんとかしてくれる」と思ってますよ。

久野

製造業を見ても大手の非正規のほうがシビアです。

安田

そうなんですか。

久野

はい。普段はいい給料をもらってますけど、ちょっと悪くなったら「派遣契約満了です」で終わり。

安田

中小だったら終わらない?

久野

中小はそれでも簡単には切らないです。

安田

大手の場合は「いつ切られてもしょうがない」ってことを前提に働かなきゃ駄目ってことですね。

久野

大手はリスクヘッジを最優先します。たとえば大手は派遣がすごく多いんですけど、普通に考えたらコスト高じゃないですか。

安田

派遣会社の利益が乗っかってますからね。

久野

でも、いざというときに派遣契約満了分だけ払って、一気にスリム化できる。大手はどんな契約書を見てもすごくシビアです。

安田

確かにシビアですね。業績が良くても正社員をリストラしますし。儲かってるときに「整理してしまえ」みたいな。中小企業はまずやらないです。

久野

そこは大企業の方がドライですね。株主を見て経営してますから。

安田

中小は社員と経営者の距離も近いですし。「お前のことなんて知らない」とか言えないですもん。昨日まで一緒にご飯を食べてて。

久野

結婚式にも出てますからね。子どもが何人いるかまで知ってるし。最高益が出た次の日に「悪いけど」って言えないですよ。

安田

言えないですね(笑)

久野

言えたら鬼ですよ(笑)

安田

でも大企業では普通にあります。

久野

あります、あります。テレビで最高益とか言ってるのに、翌年に何千人規模でリストラしますから。

安田

それでも大手の社員になりたい人とか、非正規でもいいから大手系列で働きたい人って多いです。普段の待遇がいいからですか。

久野

ひとつは気持ちいいからでしょう。だって世間体がいいじゃないですか。

安田

確かに世間体はいいですけど。

久野

「社労士法人とうかいに勤めてます」では誰もほめてくれないです(笑)

安田

つまり世間体とのトレードオフってことですね。大手に行くならドライなところもひっくるめて受け入れないと駄目だよと。

久野

働く人はそこに気付いてないですけど。とくに学生は。大手だから会社は安定してるんだけど、本人の寿命が続くかどうかは別問題です。

安田

大手だから「ひどいことしないだろう」っていうのは間違いだと。

久野

間違ってます。

安田

つまり大手はシビアで、中小企業のほうが人間関係はウエットだと。

久野

それが現実です。

安田

中小の社長は借金してまで社員を守ろうとしますからね。

久野

その代わり、社長にはむかう人は切られますけど(笑)

安田

ワンマン企業が多いですから。

久野

はい。良くも悪くも社長に気に入られないといけない。

安田

そこは大手と同じですね。上司に気に入られないと出世できませんから。

久野

上司に気に入られて出世する時代なんて終わりですよ。今は仕事ができなかったら普通に切られちゃいます。

安田

世知辛いですね。

久野

大手も生き残りがかかってますから。ほんと学生はよく考えて就職したほうがいい。世間体なんて何の役にも立ちませんから。



久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

感想・著者への質問はこちらから