第100回「高プロ制度から見える現実」

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第100回「高プロ制度から見える現実


安田

高プロ制度(高度プロフェッショナル制度)について教えてください。

久野

はい。

安田

スタートから1年半で20社が取り組み、858人の実績があるけど9割がコンサルタント。これって国が望んだカタチですか?

久野

違いますね。

安田

狙いは何だったんですか?

久野

元々は生産性を上げるために考えた働き方改革の目玉。労働時間と給与がリンクすること自体が今の労働法にはなじんでないと。

安田

つまり時間に対して給料を払うんじゃなく、成果に対して払うってことですね。

久野

そのほうが生産性は上がるという考えです。

安田

私もそう思いますけど。

久野

ただ実際には骨抜き法案になってまして。

安田

骨抜き法案?

久野

もともとの想定は800万円ぐらいだったんですよ。

安田

それは高プロの方の年収が?

久野

最低年収ですね。それが1,075万円にされて。

安田

なぜ上がったんですか?

久野

長時間労働の温床だって言われて。いろんな要求をされて、結果として骨抜きになっちゃいました。

安田

よくあるパターンですね。

久野

1,075万も払ってる社員なんて、そもそも少ない。どう考えても中小企業は巻き込めないじゃないですか。

安田

中小だったら役員クラスの年収ですね。

久野

それ以上の金額を払わないと「認めないぞ」ってことですから。

安田

そこで骨抜きにされたと。

久野

お金だけじゃなく職種も特定されました。専門職じゃなきゃ駄目だと。たとえばコンサルティングとか。

安田

だから858人のうちの9割がコンサルなんですか。

久野

そうなんですよ。

安田

なるほど。いかにも妥協案って感じですね。

久野

いろいろ通したいものがあって、何か捨てなきゃいけない状態だった。

安田

何を通したかったんですか?

久野

同一労働同一賃金とか、残業の上限規制とか。

安田

そちらの優先順位が高かったわけですね。

久野

そうです。

安田

高プロは反対する人が多かったんですか?

久野

高度プロフェッショナル制度は「過労死を作る制度だ」ってニュースで流れちゃって。

安田

「働かせ放題だ」ってやつですね。

久野

そう。働かせ放題っていうニュースが流れちゃって。あれで結局、高度プロフェッショナル制度は実質できなくなってしまった。

安田

なるほど。

久野

諦めたんですよ、政策的に。その代わり他のやつを通した。

安田

諦めたのに法案があるところがすごいですよね。

久野

いわゆる骨抜き法案です。

安田

意味ないですね。

久野

高プロだけ捨てて、何とか今のかたちになったとも言えます。

安田

なぜコンサルだけが残ったんですか?

久野

コンサル以外にも残ってますよ。

安田

たとえば?

久野

証券アナリストとか、研究開発職とか。

安田

そういう職種の人は少ないですよね。9割がコンサルなので。

久野

結局、健康管理はやらなきゃいけないので。安全配慮義務があるから。出退勤は本人にゆだねるけど何時間働いたか管理しなきゃいけない。だからほぼ意味がない。

安田

雇用してるのと同じだと。

久野

会社からすれば雇用のほうがマシなんですよ。健康管理はしなくちゃいけないけど、時間管理は出来ないから。

安田

会社側には全然メリットがない。

久野

従業員側は自由でいいんですけど。

安田

それで結果を出してくれれば会社にもメリットはありますけど。

久野

出してくれればそうですね。だけど結果を出さなくてもクビにならないじゃないですか。

安田

そこは守られてるんですか。

久野

扱いは正社員ですから。

安田

なるほど。意味ないですね。

久野

だから本当にできる人しか高プロにはしないんですよ。なおかつロイヤリティが高い人。

安田

そんな人は稀ですよ。

久野

稀だし、ほんと会社にメリットがない。

安田

そりゃそうですよね。クビにできるか報酬を下げるか。どちらかとセットじゃないと。

久野

そうなんですよ。この法案だと単に管理ができないだけで。

安田

成果が出てなくても高額の給料は払わなくちゃいけない。

久野

そうなることも懸念されるし、働き過ぎて倒れると、会社が安全配慮義務違反で訴えられるわけです。会社にとっても何もいいことがない制度になっちゃった。

安田

じゃあコンサルになった9割の方って、めちゃくちゃ優秀だってことですか?

久野

もともと何千万も所得取ってて、会社にもロイヤリティが高い人。たぶん“ほぼ役員”みたいな人たちだと思います。

安田

なるほど。形だけの導入ですね。

久野

そう思います。

安田

元から管理もしてないし、ロイヤリティーも高いし、別に高プロでもいいよって人。

久野

はい。

安田

じゃあ高プロ制度によって生まれたわけじゃない。

久野

もともと管理してない人なんだと思います。

安田

なるほど。裏事情がよく分かりました。じゃあこれから先も高プロは増えないですね。

久野

今の制度のままだと増えないと思います。

安田

国としては増やしたいんですよね。

久野

はい。増やしたかったけど増やせない。会社にメリットがなさすぎるので。

安田

そりゃそうですよ。管理できないし、最低報酬は決まってるし、クビにもできないし。

久野

しかも管理責任はある。

安田

無茶苦茶ですね。

久野

はい。無茶苦茶な法案になってしまいました。「過労死の人間を量産する」ってことで、労働者団体が圧力をかけたから。

安田

そうやって会社の生産性を下げ続けたら、労働者も自滅する気がするんですけど。

久野

そうなんです。でもこれが日本の労働法の現実なんですよ。



久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

感想・著者への質問はこちらから