第101回「愛を差し引いた利益」

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第101回「愛を差し引いた利益


安田

富士そばの店長が会社を訴えた話。

久野

はい。ありましたね。

安田

富士そばって、社長がすごく社員を大事にしてるイメージなんですけど。

久野

そうなんですか。

安田

だけど店長が会社を訴えて。いっぱい残業させられて、残業代払ってなかった。

久野

やってることだけ見ると、社員を大事にしてると思えませんけどね。

安田

何をやって訴えられたんですか?

久野

長年タイムカードの改ざんをやらされてた。会計上はきっちり精算してるように見せかけて、習慣として社員は短く申告するっていう。

安田

ひどいですね。これって違法ですよね。

久野

もし改ざんしてるとすれば、これは違法ですね。

安田

前回ワタミの話で「上場してる会社が改ざんするなんて有り得ない」っておっしゃってましたけど。

久野

あり得ないことが起きてますね。

安田

残業代を改ざんしないと、安売りではもう成り立たないってことでしょうか。

久野

成り立たないモデルのまま拡大しちゃった、ということでしょうね。

安田

今までもずっとやってたんでしょうか?

久野

意識が高い人ほどやっちゃうんですよ。

安田

自ら残業代を削ってしまうと。

久野

だって「あいつは効率が悪い」と思われるじゃないですか。

安田

まあそうですよね。

久野

だから上場企業ほど、早めにタイムカードを切って隠れて残業するんです。

安田

残業代が減っても評価が高い方がいいってことですか。

久野

「俺はコスパがいいんだぜ」ってことを見せたい。

安田

何のために?

久野

会社から良く思われたい。

安田

昇進して年収を上げたいってことですか。

久野

それもあるでしょうけど。

安田

他にも理由があるんですか?

久野

そういうもんだと新卒の頃から教えられてるから。

安田

洗脳されちゃってると。

久野

はい。

安田

なぜ今になって社員さんは訴えたんでしょうね。洗脳が解けたんでしょうか。

久野

イノベーションなき安売りって、人件費を削るしかないんですよ。

安田

そうでしょうね。

久野

でも今って、バイトやパートにはしっかり時間外手当てを払わなくちゃいけない。その分正社員がとんでもなくわりをくってるはず。

安田

社員にも時間外手当ては払わなくちゃいけないですよ。

久野

だから店長やエリアマネージャーにしわ寄せがいくんです。

安田

なるほど。今回も店長さんが訴えてますね。

久野

そこで吸収するしかないから。

安田

店長やエリアマネージャーはちょっと給料がいい分、休んだふりして働かなくちゃいけないと。

久野

往々にしてそのケースは多いです。

安田

だけどその我慢も限界にきた?

久野

でしょうね。抑えが効かなくなって爆発してるんでしょう。

安田

じゃあ富士そばやワタミに限らず、安売りの外食チェーンではどんどん出てくる?

久野

人件費にしわ寄せがいくモデルは必ずそうなるでしょうね。

安田

タイムカードの改ざんってどう処罰されるんですか。

久野

基本的には残業精算というかたちになります。

安田

今まで働いてた分ぜんぶ払わなきゃいけないと。

久野

はい。

安田

これは訴えた人だけに払えばいいんですか?

久野

いえ。全社員に波及するでしょうね。

安田

なんと!

久野

全社員もう1回調べ直されますから。

安田

そこで改ざんが見つかれば、訴えてない人にも払うことになる?

久野

払うことになります。

安田

莫大な金額になりますね。

久野

大変なことになります。

安田

たとえば「月〇〇時間まではみなし残業で、基本給に入ってます」みたいなケースは?あれは違法じゃないんでしょ。

久野

今は、基本給に交じってたら、極めて違法性が高いです。

安田

マイナビ見たら普通に書いてありますよ。「月〇〇時間までの残業代が含まれます」って。これ本当は駄目なんですか。

久野

駄目ではないんですけど。基本的には固定残業手当として、基本給とは分離すべきだっていうのが今の見解です。

安田

基本給は基本給で、ちゃんと安い金額を「正直に書きなさい」ってことですか。

久野

そうです。すると基本給が17万とか18万になるじゃないですか。

安田

なりますね。

久野

給料が「安い」ということを冷静に見極められるようになるので、トラブルが起きにくくなります。

安田

でもそれじゃあ採用できないですよ。

久野

そもそも採用できない待遇だってことです。

安田

なるほど。ちゃんと給料払えってことですね。

久野

そういうことです。

安田

社員に我慢させてきた会社も、そろそろ限界にきてると。

久野

富士そばは、たぶんコロナの影響が大きいと思います。

安田

コロナですか。

久野

コロナで業績が悪化して、残業代がさらに削られた。

安田

それで堪忍袋の尾が切れたと。

久野

そうですね。「大切にされてないな」って感じたんじゃないですか。

安田

今まで訴えなかったのは「会社に大事にされてる感」とか「会社に対する愛社精神」がそれを上回ってたってことですか。

久野

労使のトラブルってほとんどそうですよ。

安田

そうなんですか?

久野

はい。法律論でごちゃごちゃ言ってくる人もたまにいますけど。基本的にはほぼ感情のもつれです。

安田

じゃあ社員が愛社精神を持ってる会社は大丈夫だと。

久野

これからはもう無理ですね。若い人はドラスティックになってきてるし。愛社精神抜きで利益が出てるかどうか。それが生き残る会社の指標です。



久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

感想・著者への質問はこちらから