第107回 できないのか。やらないのか。

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第107回「できないのか。やらないのか。


安田

短い労働時間で収益の上がるビジネスモデルを考えようと。

久野

それが経営者の仕事だと思います。

安田

つまり「社員の給料を上げていくのは経営者の仕事だ」と。

久野

はい。

安田

私も経営者なのでスタンスとしては分かります。でも一方で「誰がやってもパフォーマンスが高い仕事に、高い給料を払う必要があるのか」とも思う。

久野

確かにそうですね。

安田

その人がやれば2倍3倍の生産性になる。だから給料は上がるんだと思う。

久野

おっしゃる通り。

安田

「社員任せじゃなく、社長がビジネスモデルを考えるべき」という部分は納得できます。でも本人が頑張らすに給料だけ増えるなんてあり得ない。

久野

もう、ぐうの音も出ません。けど、それ言ったら終わっちゃうので(笑)

安田

ブラック労働をさせなくても利益が出るようにするのは、これは社長の責任だと思うんです。

久野

間違いなくそうですよね。働きやすさの追求ですよ。

安田

だけど社員の給料を増やすのは社長の責任なのかな?って。ここがどうしても引っかかります。

久野

なるほど。

安田

その人の能力に応じてきちんと給料を払う。それでもちゃんと利益が出るなら経営者の怠慢ではない。それで給料が安ければそれは本人の問題。

久野

私もそう思います。

安田

じつは私も過去に「社員の給料を上げよう」と思って失敗した経験がありまして。

久野

よく知っております(笑)

安田

そこで得た結論は「社員の能力以上に、ビジネスモデルだけで給料を増やすのは無理だ」ということ。なぜかというとビジネスモデルは“まね”できるから。

久野

そうなんですよね。

安田

同じビジネスモデルで社員の給料を抑えられたら、価格競争で負けます。

久野

真似されたら勝てなくなりますもんね。逆に。

安田

そうなんですよ。最後は自分たちも価格を下げざるを得なくなる。

久野

そうなっちゃいますよね。

安田

ブラック労働をさせず利益を出す。これは経営者の責任だと思います。でも「社員の給料を増やし続ける」ことに関しては、やっぱり本人のスキルアップなくしては不可能。

久野

いや、もう、全国の社員の方に聞かせたいです(笑)

安田

「社員の頑張りが足りないからだ」って逃げちゃいけない。「それは社長の責任です」と言いたい気持ちは私にもあります。

久野

ですよね。

安田

とはいえ「社員が頑張らないと給料を増やしようがない」というのも事実です。

久野

事実だと思います。

安田

去年と同じパフォーマンスなのに「給料を上げてくれ」っていう社員が多過ぎ。

久野

多いですよね。

安田

それはそれで大問題。

久野

昔と比べると定時昇給が減ってますから。物価も上がってないですし。

安田

「残業させて残業代を払わない」というのは論外ですけど。

久野

はい。働いた分はちゃんと払わなくちゃいけない。そこは厳しくなってます。

安田

そうなると残業代を払うより「もう一人増やした方がいい」ってなりますよね。

久野

実際そうなってますね。

安田

1人で働いてたのを1.5人にしたり。5人で働いてたのを7人にしたり。ちゃんと払う代わりに残業はなくすと。

久野

それで利益が出るんだったら会社としては問題ないですから。

安田

だけど働いてる人の給料は増えないですよ。

久野

増やせないですね。

安田

給料を増やしたいなら自分のスキルを上げるしかない。自分で努力するしかない。

久野

そうなります。

安田

「業務委託は新手のリストラだ」って叩く人がいますけど。本人が望むケースもあるわけで。

久野

私もそう思います。

安田

仕事ができる人は自ら個人事業主になっていくと思うんですけど。

久野

そういう流れだと思います。ただ「この転換はすごくむずかしい」とも感じます。

安田

本人が望む業務委託化や副業容認も難しいですか?

久野

本人が同意すれば問題ないです。会社という枠の中にいると、出来る人に我慢してもらわなきゃいけない部分も出てきますから。

安田

そうですよね。

久野

できる経営者はそこに気がついてます。

安田

正社員って「持ちつ持たれつ」ですもんね。いいときもあれば悪いときもあって。だから稼いだ分をフルには払えない。

久野

だけど報酬が低いとできる人を維持できない。オプションを持っておかないといい人材がどんどん流出していきます。

安田

オプションというのは「業務委託」のことですか?

久野

そこも含めた新しい契約形態ですね。そういう柔軟な仕組みがないと厳しい。

安田

本人が選べるのなら「働き方の多様性」は絶対にあったほうがいいですよ。

久野

絶対あったほうがいいですね。でも正社員じゃなくなった瞬間に「今までの関係は終わった」と感じる経営者も多いです。

安田

そこは発想を変えていかないと。「辞めたい」「独立したい」と言った瞬間に「二度と敷居をまたぐな」って人が多すぎ。

久野

多いですね(笑)

安田

経営者も変わっていかないと。「私は派遣がいいんです」って人もいるわけで。労働形態はそれぞれが選べばいい。

久野

それが理想ですね。

安田

「派遣は搾取で、あってはいけない制度だ」って言う人もいますよね。

久野

正社員になりたいんだけど「派遣しか仕事がない」って人もいますから。

安田

正社員になる努力が足りないんじゃないの?と思いますけど。何でもかんでも国や会社に救いを求めるのはおかしいですよ。

久野

「フリーランスに“なっちゃった”んだ」って感じる人がまだまだ多いんです。

安田

「フリーになりたい」と思ってなってる人もたくさんいますよ。

久野

その区別がまったくついてない。「非正規・フリーランスは大変なんだ」「正社員がいいんだ」という論理で。メディアでも学校でもそう教育しますから。

安田

「企業が搾取してる」みたいに言う人が多いじゃないですか。「俺を正社員にしない世の中が間違ってる」とか「国の政策が間違ってる」とか。

久野

はい。

安田

でも努力しない人を正社員にしていったら会社がもたないですよ。

久野

政治的には「弱い人を救済する」という観点でやらざるを得ないんです。

安田

ほんとうに弱い人ならわかります。「体が弱い」とか「ひとりで子育てしなくちゃいけないシングルマザー」とか。

久野

ですよね。

安田

でも「やらない人」と「できない人」ってぜんぜん違うじゃないですか。

久野

違うけど区別できないんですよ。国は「やらない人」と「できない人」を分けることができない。そこが一番の問題です。

 

この対談の他の記事を見る



久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

感想・著者への質問はこちらから