第121回 定年廃止と年金の行方

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第121回「定年廃止と年金の行方」


安田

YKKが定年を廃止したみたいです。

久野

はい。発表がありましたね。

安田

定年って廃止できるんですか?

久野

元々65歳定年という、わりといい条件だったんですけど。それを廃止して希望すればさらに働けますよっていう。

安田

つまり70歳定年になるってことですか。

久野

いや、70歳の定年もない。

安田

え!つまり定年がないってことですか。

久野

そうです。何歳までいてもいいよって。

安田

じゃあ永遠に雇い続けなくちゃいけない?

久野

雇い続けなくちゃいけないってことですね。

安田

へえ〜。すごいですね。

久野

はい。希望すれば「何歳まででも雇いますよ」という宣言です。

安田

80歳になっても、90歳になっても、本人が希望すれば働けると。

久野

その通りです。会社は大変だと思いますけど。

安田

なぜそんなリスクのあることをYKKはやるんですか。

久野

いい社員を採るためだと思います。「長く働ける会社=いい会社」だと思い込んでるので。

安田

「定年が先になるほどいい会社」ってことですか?

久野

安田さんには理解できないでしょうけど(笑)

安田

若い子はもっとドライなのかと思ってました。

久野

ドライに考えている反面、「会社が守ってくれる」というのは、すごいバリューに感じるんです。

安田

へえ。でもYKKって、そんなに採用に困ってるんですか?

久野

パフォーマンスに近いとは思いますけど。

安田

なぜそんなパフォーマンスをする必要があるんですか。

久野

おそらく「70歳までの就業機会確保」の法律が通ったからです。

安田

大手はもう義務化されたんでしたっけ。

久野

まだ努力義務です。

安田

いずれ義務化されるだろうってことですね。

久野

はい。70歳までですけど。なので、そのポーズというか。「頑張ってます」っていうアピールですね。

安田

それは正しい戦略なんですか?

久野

いえ。経営判断としては結構まずいです。

安田

ですよね。イメージアップしたところで業績が良くなるわけでもないし。そんなに余裕がある会社なんですか?YKKって。

久野

YKKの事業自体は非常に好調で利益も出てます。ただこれを20年続けられるかっていうと疑問ですね。今しか見てないような気が、私はしました。

安田

国としては70歳定年を義務化したいんでしょうけど。

久野

できれば75歳まで引っ張り上げたいでしょうね。年金も75歳まで払わないってことにしたいでしょうし。

安田

トヨタの社長ですら「無理だ」って言ってますけど。

久野

トヨタは実質オーナー企業ですから。

安田

オーナー企業だと判断が変わるんですか?

久野

潰すわけにはいかないので。

安田

それはサラリーマン社長も同じでしょう。

久野

サラリーマン社長はどうしても、短期で決済しがちになります。

安田

自分の任期期間中を「いかに無難に評判良く過ごすか」みたいな。

久野

そうなっちゃいます。

安田

会社の将来よりも、自分の引退後のほうが大事ですもんね。

久野

社内政治的にもそれが有利に働きますから。

安田

なるほど。定年が延長されれば社員はうれしいから。

久野

うれしいですよ。とくに50代の方とかは。

安田

YKKってファスナーのイメージしかないんですけど。

久野

太陽光とかの設備系もやってて。住宅系の商材とか。ビルとか。

安田

なるほど。ファスナーだけじゃないんですね。

久野

ファスナーだけだとちょっと厳しいかもしれない(笑)でも、やっぱYKKのファスナーってすごいですから。

安田

世界中で使われてますよね。

久野

どこかに取って代わられるイメージがあんまりないです。参入もしてこないでしょうし。

安田

YKKみたいに定年を廃止する会社って、これから増えていくんですか?

久野

増えていくと思います。

安田

一方でガンガン早期退職を促して「定年延長なんて無理だ」って言ってる会社もある。つまり二極化するってことですか?

久野

やっぱ労働法ってすごいなと思うんですけど。国が70歳継続雇用って決めたら、多くの経営者が「そうしなきゃ駄目だよね」って流れになるんですよ。

安田

そうなんですか。

久野

はい。政府の方針に乗っておこうと。とはいえ業績が悪くなったらリストラすると思います。だから、すごく矛盾した経営をやってる気がします。

安田

大企業って世界で戦ってるわけですから。そんな余計なコストを背負いながらやってたら勝てないと思うんですけど。

久野

はい。能力もない人をずっと雇い続けるなんていうのは、グローバル企業の判断として非常にまずいと思います。

安田

定年をなくすんだったら「その代わり給料は安いよ」ってことを打ち出さないと。

久野

法的には難しいですけど下げるでしょうね。ただし最低賃金で雇うような契約は絶対できない。むしろ他よりも水準は高いと思います。

安田

だけど年功序列的に給料を上げるのは、もう無理でしょう。

久野

無理です。だからこのタイミングで人事評価をしっかりやって、できない人の報酬を下げていく仕組みを導入する。

安田

やっぱりそれしかないですよね。残ってもいいけど給料は下がるよと。

久野

さすがにそうしないと成り立たないですから。

安田

だけど他社よりは高いと。大体どのぐらいの年収を払う腹づもりですか?YKKは。

久野

400万ぐらいじゃないですか。

安田

そんなもんですよね。

久野

発表では65歳以降も「同じ役割で同じ仕事をしてたら、同じ給与水準も可能です」とは書いてあります。

安田

そんなの無理ですよ。70過ぎて同じ仕事って。

久野

ほとんどの人は無理でしょうね。

安田

400万円でも残る人は結構いますか。

久野

年金が出ないと残らざるを得ないですから。

安田

つまり75歳までの年金分を会社で肩代わりしろってことですか。

久野

本音を言えばそういうことでしょうね。

この対談の他の記事を見る



久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

感想・著者への質問はこちらから