第181回 被害者を生み出しているのは誰?

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第181回「被害者を生み出しているのは誰?」


安田

あれ、読まれましたか?かわいそうな78歳の話。

久野

労災認定が下りなかったやつですね。

安田

そう。持病があったので、仕事で体を壊したとは認められなかったという。

久野

そうみたいですね。労働者に同情しますがなかなか難しい事案だったと思います。

安田

80時間超も残業で拘束されていたのに、なぜ労災が認められないのか。やっぱり78歳ともなると、会社だけの責任とも言えないんでしょうか。

久野

業務遂行性と業務起因性といいまして、この二つがあるかどうかが判断基準になるんです。

安田

それは何ですか。

久野

業務遂行性というのは、業務の関連の中で、たとえばプレス作業してて怪我したとか。業務遂行にあたって移動してるときに、物が倒れてきたとか。

安田

なるほど。

久野

業務起因性というのは、一番分かりやすいのはじん肺とか。じん肺はアスベストでかかるんですけど、明らかに過去やってた業務のせいなので。

安田

つまり直接的にせよ間接的にせよ、仕事に原因があることが明確ってことですね。

久野

そうです。労働時間問題が難しいのは、精神疾患・脳疾患・心臓疾患って、業務遂行性や業務起因性を証明しにくいからなんです。

安田

確かに証明するのは難しそうですね。

久野

ただ労働時間との因果関係は「強くある」とは言われてまして。そこは別ルールが設けられてます。

安田

どういうルールなんですか?

久野

フローチャートがあって。こういう事案があった場合には、精神的に影響が大きいとか小さいとか。それをもとに判断して決めるわけです。

安田

今回の事案は影響が小さいと判断されたわけですね。

久野

今回の記事を読む限りでは、同情の余地はすごくあるんだけど、「労基署のルール上はこうなるだろうな」っていうのが専門家の見方です。

安田

月80時間も残業してて、関連性はないと。

久野

この人の場合、月80時間の残業の定義がちょっと違いまして。普通の人なら1日8時間を超えたところから残業って計算になるんですけど。

安田

この人は違うんですか。

久野

この方の場合は1日4時間がもともとの約束だったんです。なので1日12時間働くと8時間の残業になっちゃうんです。

安田

なるほど。普通の人の労働時間からすると、そんなに負担じゃないだろ、病気になるほどじゃないだろ、ってことですね。

久野

そうです。所定労働時間とか法定労働時間とかいろんな概念がありまして。簡単にいうと労災でいう基準には達してないだろうって見解ですね。

安田

記事によると60歳以上の労災認定率が若年層より20%も低いらしいです。とくに脳とか心臓を患った労災保障が低いらしくて。もう寿命だろうってことなんですか。

久野

たとえば荷物の上げ下げでも、もともと腰痛持ちの人が腰痛になっても労災に認定されないんです。

安田

それと同じだと。

久野

すごく難しい問題ではあるんですけど。もともと病気を持ってる人の業務起因性ってなかなか認められないので。

安田

脳や心臓の病気って、もともと持ってるかどうか分かりにくいですよね。

久野

そうなんです。

安田

高齢者が労災を認められにくいのは、やっぱり年寄りほど脳梗塞になりやすいってことですか。

久野

脳梗塞はもともとそんなに認められないんです。心筋梗塞や腰痛も認められにくいですね。

安田

若い人が20%も多く認められてるのはなぜですか?

久野

おそらく高齢者のほうが圧倒的に数が多いんですよ。若い人のほうが数が少ない分、関連性が疑われるんでしょうね。

安田

なるほど。

久野

それに労災を認め過ぎちゃうと、高齢者のチャンスを奪うことにもつながるので。

安田

怖くて雇えないですよね。

久野

たとえば「うつ病の既往歴」のある方を採用して、うつ病になって労災だったら、もう会社はリスクが大き過ぎて採用できない。

安田

確かに。

久野

高齢者も似たところがあって。若い人より体が弱いのは間違いないと思うので、労災で認めまくってしまうと、高齢者の人を雇いづらくなる。

安田

通院した経歴はないけど、「ちょっと鬱っぽい」と思ってる人を採用しちゃった場合はどうなるんですか。

久野

会社の仕事の原因が認められたら労災になりますね。

安田

そんなの厳密には分からないじゃないですか。会社の仕事が原因かどうかなんて。

久野

なので判断基準が示されているわけです。労働時間やハラスメントのような、強いストレスがあったかどうか。

安田

たとえば営業ノルマが重いとか、そういう基準もあるんですか。

久野

そういうのもありますね。明らかに達成できない目標を課されたとか。

安田

任される仕事が小さ過ぎて、逆にそれがフラストレーションになった場合はどうですか。

久野

基本的には大丈夫ですけど、パワハラにはなるかもしれない。

安田

パワハラですか。

久野

すごく責任のある立場の人に、「めっちゃくちゃ単純作業させて嫌がらせした」みたいなことになれば。

安田

お互いの信頼関係が重要ってことですね。何でもかんでも労災って言ってたら企業側も雇えなくなっちゃうし。

久野

そうです。労基署も判断基準に基づいてやるしかないので。基準がないと審判がオフサイドを勝手に決めるサッカーみたいになっちゃいます。

安田

それは怖すぎますね。

久野

だから必ず線があって。僕らには見えないかもしれないんですけど、労基署にはあるんです。

安田

メディアに出てくるのは「認められなくてかわいそう」という記事ばかりですけど。

久野

そういう記事の方が読まれやすいので。メディアはべつに労働者に肩入れしてるわけじゃないんです。ただ読まれる記事を書いているだけで。

安田

労基署は労働者に肩入れしてるイメージですけどね。

久野

そんなことないです。

安田

じゃあ会社寄りですか。

久野

会社に肩入れしてる訳じゃないし、労働者に肩入れしすぎるのもまずい。そこのバランスをちゃんと考えてると思います。

安田

現実はメディアに書かれているより、ずっとまともってことですか。

久野

僕らから見たら現実の方がすごくちゃんとしていて。無理やりメディアが捻じ曲げてる感じがします。

安田

その結果、高齢者や病歴のある人が、雇用されなくなっていくかもしれないのに。

久野

そうなんです。「かわいそうだ」という論調で煽って、どんどん雇用されにくい状態を作ってるのがメディアです。

安田

考えてみたらひどい仕事ですね。

久野

昔はもっとまともだった気がしますけど。ここ数年どんどんひどくなってます。

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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