第262回 イオンの育休が与えるインパクト

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第262回「イオンの育休が与えるインパクト」


安田

育休中に手取りを100%保証する制度になると。前におっしゃっていた話ですよね。

久野

はい。イオンがそれを先取りして自主的にやり始めるみたいです。

安田

自主的にやり始める?

久野

そう、これはすごいですよ。1歳まで手取りを100%保証するんです。

安田

イオンが100%払うってことですか?

久野

いえ。現在の育休制度との差額分だけですね。

安田

今の制度だと66%の手取り保証でしたっけ? 

久野

67%ですね。それが半年経つと50%になります。だけど会社が負担すると全部止まっちゃうんですよ。

安田

え?全部止まっちゃうって、どういうことですか?

久野

制度上、同じタイミングで払うと減額されちゃうんです。

安田

なぜ減額されちゃうんですか?

久野

これは国の制度で、会社が負担するんだったら「社会保障いらないよね」ってことで。

安田

めちゃくちゃですね(笑)つまり100か0かだと。

久野

はい。だから同じタイミングで払わないで、育休が終わった後に「実質の差額分」を精算するスタイル。

安田

なるほど。まず社会保障分を受け取っておいて、100%に届かない分を「後から会社が補填します」っていう。それはOKなんですか。

久野

「法律の抜け穴じゃないか」という気もします。

安田

ですよね。でも国としては育休を応援する立場だから。

久野

だから黙認でしょうね。これは他の大手も追随せざるを得ないでしょう。

安田

イオンは何が狙いなんですか。やっぱり採用力ですか。

久野

採用ですね。

安田

でも1年も休ませたら大変ですよ。それでなくても人不足なのに。

久野

短期的にはしんどいけど長期戦略でやってるんだと思います。イオンは昨年末に従業員40万人の賃金を7%引き上げてますから。

安田

すごい投資ですね。

久野

「労働条件をどんどんよくしていくよ」っていう。他の小売で働くなら「絶対イオンの方がいいよね」となるように。小売業って人気はあるけど労働条件が伴わない職場が多いので。

安田

同じ小売業界からどんどん人を引っ張ってこようと。

久野

そういう施策なのだと思います。これだけメディアが取り上げると宣伝効果もすごいから。すごく上手だと思いますね。

安田

後から追随するなら先にやった方がいいと。

久野

追跡してもメディアは取り上げない。最初に大きくやるという決断がすごいですよ。

安田

無料でブランディングできるわけですからね。

久野

はい。無料で全国に「いい会社だ」と宣伝してもらえる。

安田

すしざんまいの「正月のマグロの競り」と一緒ですね。

久野

メディアの使い方が上手いです。どうせやらなきゃいけないんだから「1年前倒しでやる」と決断して。

安田

他の大手小売業者もイオンに追随せざるを得ないですか。

久野

やると思いますね。現場は慢性的な人不足なので。「資本の力でどんどん差をつけていこう」という傾向になってます。生産性の高い会社はどんどん投資していきますよ。

安田

中小の小売業はどうなっていくんでしょうか。

久野

この流れに「ついていく」と決めるか、もう諦めるか。大変な時代になっていきます。

安田

小売や接客業ってほとんど中小だと思うんですけど。

久野

資本の力で「そこから人材を吸い上げよう」ということですね。

安田

他業界から引っ張るのは難しいので「小さな同業者から引き抜こう」と。これは確かに大変なことになりそうですね。

久野

それでなくても人不足な業界なので。めちゃくちゃ影響しますよ。恐ろしいです。

安田

久野さんだったら中小の事業者にどうアドバイスしますか?

久野

勝負に行くか独自の路線で工夫するか。それしかないでしょうね。それそこ安田さんみたいな人に独自化をサポートしてもらうとか。

安田

規模にもよりますけどね。小さな個人店は確かに独自路線で行ける可能性はあります。

久野

そう。いちばん大変なのは100人、200人の会社なんです。中途半端なサイズのところが最も危険な立ち位置に来てます。

この対談の他の記事を見る



久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

感想・著者への質問はこちらから