7年前に採用ビジネスやめた安田佳生と、今年に入って採用ビジネスをやめた石塚毅による対談。なぜ二人は採用ビジネスにサヨナラしたのか。今後、採用ビジネスはどのように変化していくのか。採用を離れた人間だけが語れる、採用ビジネスの未来。
前回のおさらい 第24回「越えなくてはならない壁」
第25回 「お金ではない報酬とは」
これからの採用について、お聞きしたいんですけど。
はい。
低欲望時代になって「働く人は楽しい職場」を求めるようになったと。
その通りです。「中小企業も変わらなきゃいけない」ってことです。
単に「給料増やしますよ」では、大きな転換とは言えないわけですよね。
まったくダメですね。
「中小企業は腹をくくるべきだ」っておっしゃいますけど、何に対して腹をくくるべきなんですか?
まず「賃金を上げないと社員満足度は得られない」という呪縛から、抜け出せるかどうか。
呪縛ですか?
「金銭報酬と非金銭報酬」の両方が必要だってことを、僕はいつも言うんですけど。
お金じゃない報酬って、大事ですよね。
だけど人が集まらない会社の経営者は、人に興味がない。だからすぐ「うちはそんなにお金出せないから」って言うんですよ。
お金じゃないって、言ってるのに?
お金に関しては日本中の中小企業って、似たり寄ったりじゃないですか。そこで1万円無理して出すことが、果たしてどこまで効くのかって。
まあ劇的な効果は、期待できないですよね。
だからこそ、お金じゃない非金銭報酬をいくつ用意できるか。それが選んでもらう最大のポイントなんですよ。
じゃあ「いちばんの非金銭報酬は何だ」と聞かれたら、どう答えるんですか?
居場所を提供することです。
居場所ですか?
はい。「離職率が低い会社」「定着率のよい会社」には、共通点があるんですよ。
ほう。それは、どんな共通点ですか?
採用時の選考基準です。
選考基準?
はい。もちろん能力も見ていますが、最終的には「優秀かどうか」ではなく「ウチに合うかどうか」で決めている。
ウチに合うかどうか?
つまり、ウチの会社に「この人の居場所があるか」ってことを、考えて採用してるんですよ。
そうなんですか?
人間って、居場所があって、自分を必要としてくれる人がいて、そして時々「ありがとう」って言われるだけで、嬉しいじゃないですか。
きっと幸せでしょうね。
そういう居場所が「この会社にあるんだ」って思ってもらえることが、いちばん大事なんですよ。
言われて、思い出したんですけど。
何ですか?
私は、かつて採用活動を「旅」に例えたことがあるんです。
旅ですか?
はい。旅行に行くときに「どこに行くか」も大事ですけど、「誰と行くか」はもっと大事だと。
たしか本にも、書いてましたよね?
書きました。それでその「誰と行くのか」ってとこなんですけど。
はい。
好きな人と行くというのが、もちろん大事じゃないですか。
かなり大事ですよね。
それと同時に「自分の役割がある」ってことが、もっと大事なんじゃないかと。
なるほど。
たとえばチケットの手配とか、みんなの時間管理とか、あるいは「ただ会話を盛り上げるだけ」でもいいんです。
分かります。そこに自分の役割、つまり居場所があるってことが大事だと。
はい。いくら仲のいい人と旅行しても、そこで自分が「必要とされていなければ」楽しくない。
おっしゃる通りですね。
自分がいることで誰かが楽になったり、喜んでくれてりするだけで、旅行が何倍にも楽しくなる。
まさに僕が言いたいのは、そういうことなんですよ。
仕事も、旅行も同じってことですよね。
同じです。だから僕は、会社の中に「居場所」をつくり続けているんです。
なるほど。石塚さんのやってる求人サポートは「求職者の居場所づくり」なんですね。
求職者の居場所を作ると同時に、今いる社員の居場所を作ることも大事なんです。
今いる社員の居場所?
はい。
それが採用に影響すると?
昔はもてはやした社員を「旬が過ぎたら捨てる」って会社、あるじゃないですか?
ありますね。
若手だって、そういう会社には行きたくないんですよ。
「旬の社員」って、もてはやし過ぎないほうがいいんですか?
もてはやすんじゃなく「その人なりの快適な居場所を提供し続ける」ってことが大事なんです。
快適な居場所を提供し続ける。
はい。いつも言うんですけど、今って中小企業にとってチャンスなんですよ。
そうなんですか?みんな困ってますけど。
これまでは、どう考えても大手に勝てなかったじゃないですか。福利厚生でも生涯賃金でも。
まあ、そうですよね。
でも今は低欲望時代。居場所をきちんと提供できれば求職者に選んでもらえる。
大手企業は、そういう方向には舵を切らないと?
大企業って、小回りが利かないじゃないですか。大型タンカーと小舟みたいなもので、急激に舵を切った時の反応速度がぜんぜん違う。
タンカーは時間がかかるから、小舟の方が有利だと。
その通りです。
ひとつ聞きたいんですけど。
何でしょう?
居場所って「会社の中での自分の役割」みたいなもんじゃないですか?
そうですね。
だったら「売上や利益につながる」ものじゃないとダメですよね。
どう繋げるかですよね。それを考えなくちゃいけない。
たとえば「売上や利益に直結しない居場所」もありなんですか?
僕はありだと思ってます。
その人がいることによって「すごく雰囲気が良くなるけど、利益には直結しない」みたいな仕事。
ぜんぜんありですね。
それ以外の人が、賄ってあげればいいってことですか?
そう。今は寿命が長くなって、労働する時間も長いですよね。
はい。
僕ね、いっぱい見たんですよ。かつての20代30代のエースが、50代になり、残念ながらイノベーションや時代の変化に置いていかれる。
私も人ごとじゃないです。
居場所づくりの上手な会社は、決してそういう人を切らないんですよ。
へえ!そうなんですか。
たしかに20年前30年前と比べると売上や利益の貢献度は低い。
ですよね。
でも若手のマネージャーを後ろからフォローしたり、こぼれそうな若手社員をフォローしたり、目に見えない貢献をしてくれるんですよ。
そういう人だったら、いいですよね。
そういう人以外にも、いろんなパターンあるんですよ。
たとえば?
たとえば、その人がいるだけで「安さんがいると、なんか和むよな」とか「うちの宴会、石ちゃん欠かせない。もう、夜の社長っ!」みたいな。
え!そんなんで、いいんですか?
そういう人って歴史があって「実は安さん、30年前トップセールスですよ」「えーっ!?」みたいな。
そういう人の居場所を作ることで、採用力も定着率も上がると?
その通りです。働く期間が長くなるってことは、みんな良くも悪くも経年変化があるってことじゃないですか。
そりゃそうですね。
その経年変化を受け入れて、すごく長い軸で居場所をつくりだす。短期間で売上や利益に直結しなくても、その方が「全体の生産性」は上がるんですよ。
なるほど。長期の居場所づくりに中小企業は腹をくくれと。
今まで聞いた中で「上手いなぁ」と思ったのは、「平気で降格人事はするけど、減給はしない」というケース。
降格したのに減給しないと?
要するに、かつての水準でお金を払い続けるんですよ。
なぜ、そんなことするんですか?
僕も聞きました。そしたら「あいつがいなかったら、今のウチはないから。だから定年まで報酬を払い続けるのは間尺に合ってる」と。
だったら降格しなくてもいいじゃないですか。
下げないと逆に組織の中で浮いちゃうんですよ。そのポジションではもう通用しないから。
なるほど。ポジションを外すことによって、居場所が生まれることもあると。
はい。組織としてのバランスは保ちつつ、貢献してくれたことには報いる。だから社員は納得する。
なるほど、確かにそういう采配って、小さな会社じゃないとできませんね。
でしょ。大きな会社でこんなことしたら、収拾がつかなくなる。
じゃあ「釣りバカ日誌のハマちゃん」みたいな人は、大企業ではありえないと。
あれは中堅のオーナー企業である、鈴木建設だから成り立つ話です。
石塚毅
(いしづか たけし)
1970年生まれ、新潟県出身。前職のリクルート時代は2008年度の年間MVP受賞をはじめ表彰多数。キャリア21年。
のべ6,000社2万件以上の求人担当実績を持つ求人のプロフェッショナル。
安田佳生
(やすだ よしお)
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。