2011年に採用ビジネスやめた安田佳生と、2018年に採用ビジネスをやめた石塚毅による対談。なぜ二人は採用ビジネスにサヨナラしたのか。今後、採用ビジネスはどのように変化していくのか。採用を離れた人間だけが語れる、採用ビジネスの未来。
第309回「新卒採用の根幹が変わる時」
新卒に関しては「素直、育てやすい、辞めない」という理由から、中小企業に長く勧めてきた立場なんですけど。かなり事情が変わってきましたよね。
僕は新卒の専門家ではありませんが、変わったという現場感覚はあります。
就職した瞬間に「3割の人は転職サイトに登録してる」って。すごい変化ですよ。
思うんですけど、これだけ社会が複雑化して、テクノロジーも進んで職種も増えているのに、新卒の一括採用だけは昔と変わんないじゃないですか。
あまり大きくは変わってませんね。
企業情報の示し方もそんなに劇的に変わってるわけじゃないし。
はい。確かに。
その辺が結局こういう形になって出るのかなって思いますけど。
中途に比べて定着率がいいことがウリだったのに。入社と同時に3割が転職サイトに登録するって、すごくないですか。
それって入社時点の話ですよね。入社から数年というスパンで見たら、ほぼ全員が転職サイトをチェックすると思いますよ。
なんと。ほぼ全員ですか。もはや新卒は定着率を売りにはできないですね。
新卒だと自分が本当にやりたいこともわからないし。「今の仕事が自分に向いているかわからない」ってことの裏返しだと思うんですよ。
そんなの昔から同じじゃないですか。
昔はみんなそれを許容してて。10年ぐらい時間をかけてお互いが「育たなきゃいけない」「育てなきゃいけない」っていう合意があったような気がするんですよ。
確かに。「何がやりたいか」より「会社が求める人材になっていかなきゃ」という感情の方が強かった気がします。
そうそう。まさに、安田さんのおっしゃる通り。
その代わり、生涯面倒を見てくれるという信頼関係がありました。
まあ安田さんは、そんな時代に1年で見切りをつけて起業した人なので。天才です。
いえいえ、私は見切りをつけられた方なので。そもそも営業のアルバイトだったし。
いやいや。だって成績悪くなかったじゃないですか。
瞬間的に売れただけです。完全に運です。「お前みたいなのは組織では無理だ」ってずっと言われました。
とはいえ、あの当時に起業に踏み切る人は少なかったと思いますよ。今はこれだけYouTubeだSNSだって情報もあるから。
確かに起業する人は少なかったです。今はどうなんでしょうね。
早い人は学生時代にもう起業します。けど全体としては安定志向の方が圧倒的に多い。
それなのに転職するんですね。
だから逆に転職するわけですよ。「ここにずっと居たら転職市場で通用しなくなるんじゃないか」っていう不安が常にあるわけですよ。
なるほど。
新卒から定年まで勤める人の方がレアになっていくと思います。
定着率を上げるには育成環境が重要だってことですね。
いやあ。若い人はもっと具体的なことを求めてるような気がしますけど。
例えばどんなことですか?
「君はすごくここに向いてるから、こういう風にやりなさい」って決めてほしい。
自分で見つけるのではなく誰かに決めてほしいと。
自分で考えなさいって言ったら辞めちゃいますよ。安田さんだったらワクワクすると思いますけど。
確かにそうですね(笑)
けど多くの人たちは「自分で考えなさい」って言われた時に、「そんなのわかんないよ」「不安だ」っていう方が圧倒的に多い。それは昔から変わんない気がします。
つまり、定着率を上げるには「君はこれだ」って決めてあげた方がいいと。
決め方がすごく大事だと思います。ちゃんと一人ひとりに向き合って、向き不向きを考慮して「これだ」って決めてあげる。その方向でスキルを伸ばしてあげる。
それで定着率は上がりますか?
定着年数は上がると思います。ただし終身雇用は無理です。そんなこと誰も望んでないし。
ですよね。私はもう卒業を前提に採用するしかないと思っていまして。
新卒を採るならそこを明確にしてあげたほうがいいと思います。「あなたは5年後、労働市場においてこうなるようにうちは育てます」というプランを提示してあげる。
中途半端に給料を増やすより効果あるかもしれませんよね。
金銭報酬で大手と戦っても勝てっこないから。「5年後には間違いなく転職市場で600万以上になるように育てます」って言えば採用力は上がるし、3年で辞める人もぐっと減ると思います。
石塚毅
(いしづか たけし)
1970年生まれ、新潟県出身。前職のリクルート時代は2008年度の年間MVP受賞をはじめ表彰多数。キャリア21年。
のべ6,000社2万件以上の求人担当実績を持つ求人のプロフェッショナル。
安田佳生
(やすだ よしお)
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。