第10回 ヒットのカギは「コンセプト」と「パフォーマンス」

この対談について

地元国立大学を卒業後、父から引き継いだのは演歌が流れ日本人形が飾られたケーキ屋。そんなお店をいったいどのようにしてメディア取材の殺到する人気店へと変貌させたのかーー。株式会社モンテドールの代表取締役兼オーナーパティシエ・スギタマサユキさんの半生とお菓子作りにかける情熱を、安田佳生が深掘りします。

第10回 ヒットのカギは「コンセプト」と「パフォーマンス」

安田

スギタさんは『ハーベストタイム』というケーキ屋さんでも『スギタベーカリー』というパン屋さんでも、いくつものヒット商品を生み出されてきました。例えば『百年のロールケーキ』とか『食パンラスク』とか。これってどうやってヒットしたのかお聞きしてもいいですか?


スギタ

ありがとうございます。その前に、まずは僕が「ヒットする」ということをどう捉えているかについてお伝えしてもいいですか?

安田

ぜひお願いします。


スギタ

以前、オープン直後から『ハーベストタイム』が流行ったのは、ランチがキッカケだったとお話しました。これって僕は、「食後にショーケースから好きなケーキが選べる」という仕掛けがヒットしたんだと思っているんですね。

安田

ランチのパスタが美味しかったということよりも、「ケーキが選べる」ということがフックになっていたと。


スギタ

そうですそうです。「ケーキを選べる」という口コミを聞いた方に「じゃあ、そのお店行ってみようかな」と強く思わせることができること。僕はそれを「コンセプト」と呼んでいるんですが。

安田

なるほど。


スギタ

で、その「コンセプト」に惹かれて来店してくださった方に「美味しかった」と満足してもらうのが「パフォーマンス」。パフォーマンスが良ければ、お客様はリピートしてくれますよね。だからヒットするかどうかは「コンセプト」と「パフォーマンス」の掛け算になるんです。

安田

ははぁ、「コンセプト」で惹きつけ、「パフォーマンス」でリピーターにさせると。なるほどなぁ。「百年のロールケーキ」もそういう仕掛けなんですか?


スギタ

そうですね。これはネーミングが「コンセプト」になった商品です。そもそも僕らの業界って、商品に地名にちなんだ名前をつけることが割と多いんですよね。例えば広島で作っているから「広島ロール」みたいに。

安田

よくありそうな名前ですね(笑)。


スギタ

ですよね(笑)。あとは素材にちなんだネーミングもよくあります。こだわりの卵を使っているから「○○たまごロール」とか。

安田

うんうん、それもよく見かけます(笑)。


スギタ

ただ、新製品のロールケーキのネーミングとしては、どちらの名前の付け方もピンとこなくて…。それで悩んでいたんです。

安田

スギタさん的に、ありきたりなネーミングは嫌だったと。


スギタ

そういうことです。そんな時、酒屋さんで偶然『百年の孤独』という麦焼酎を見つけて、閃いたんですよ。「そういえばウチって、じいちゃんの時代から数えたら3世代・100年以上にわたってケーキ屋さんをやってるじゃん」って。

安田

ああ、芋焼酎の「百年」とケーキ屋さんの「百年」がつながったんだ(笑)。


スギタ

仰るとおりです(笑)。で、これは拝借させていただこうと思って『百年のロールケーキ』っていう商品名にしました。そしたらまずメディアが食いついてくれて。「100年前から変わらぬ味を守り続けているんですよね?」って。

安田

ほう。実際のところはどうだったんですか?


スギタ

正確に言えば、もともと父が作っていたロールケーキのレシピに、僕がさらに手を加えて作り上げたものです。つまり、ほぼ新商品(笑)。

安田

メディアは「ネーミング」に引かれて勝手に勘違いして取材にきたわけだ(笑)。


スギタ

そうなんです(笑)。もちろん僕も「昔の味を今風にアレンジして作り変えているんですよ」とは伝えましたけど、今度はその放送を見ていた人が「千年ロールをください」って来店してくださるわけです(笑)。

安田

年数が増えている(笑)。今度は「千年前から受け継がれているなんてすごい!」って勘違いして来店するわけですね(笑)。


スギタ

ええ(笑)。ただ結果的に、そのネーミングのおかげで、たくさんのお客様がお店まで足を運んでくださって。

安田

つまり、先程の「コンセプト」の部分が大成功したというわけですね。


スギタ

はい。で、そのロールケーキを食べたお客様方が後日、「美味しかったからまた買いに来ました」とリピートしてくださる。これが「パフォーマンス」の部分が成功した証です。

安田

なるほど。まさにコンセプトとパフォーマンスの掛け算だ。


スギタ

ええ。「パフォーマンスとコンセプトの両方が強くないとダメだよね」っていうのは、社員のみんなにも常々伝えていることで。

安田

なるほどなぁ。では『食パンラスク』はどうでしょう?


スギタ

そもそもの話でいうと、食パンラスクは「売れ残った食パンの再生メニュー」だったんですよ。

安田

ははぁ、廃棄ロスを防ぐための工夫だったと。


スギタ

はい。食パンはスギタベーカリーがオープンしてからずっと1番人気の商品で、毎日完売していました。でもせっかく買いに来てくださったのに「もう売り切れました」って言うのは申し訳ないから、たくさん焼くようにしたんです。

安田

なるほど。それで「買えないお客さん」がいなくなった反面、どうしても売れ残りは出てしまうようになったと。それでラスクを作ろうと考えたわけですね。


スギタ

そういうことです。で、最初は「バターシュガーラスク」という名前で売っていたんですね。バターとお砂糖を使っていたから。

安田

ああ、先ほど言っていた「普通のネーミング」をしてたんですね(笑)。


スギタ

恥ずかしながら、そうなんです(笑)。でもせっかく一番人気の食パンを使ってるんだし、それがすぐに伝わる「食パンラスク」っていうシンプルな名前に変えることにして。で、ついでに商品ロゴも作ったりパッケージも変えたりしたんです。

安田

ほう。デザインも練り直したわけですね。


スギタ

はい。で、それまでは袋にガサっと入れて250円で売っていたんですけど、少しカチッとしたスタンドパックにキレイに入れて、ちゃんと商品ロゴのシールも貼って、倍の500円で販売してみることにした。そしたら今までの倍以上売れまして(笑)。

安田

値段を倍にしたのに、売れ行きも倍になったんですか!


スギタ

そうなんですよ(笑)。しかもいろんなところから「ウチの店でも取り扱わせてもらえないか」ってオーダーもくるようになって。

安田

すごいなぁ。私もいただきましたけど、もはやお菓子の類ですよね。バターの贅沢な香りがするし、想像の遥か上をいく美味しさでした。私の妻も感動していましたよ。


スギタ

うわ〜、そう言っていただけると嬉しいです。ありがとうございます。

安田

ちなみに「食パンラスク」って、考えようによっては「ありそうな名前」ですけど、これも戦略の1つだったわけですよね? 「スギタベーカリーの食パン」という部分に物語をのせたというか…。


スギタ

まさにそうです。今でこそ「高級食パン」というジャンルができて、食パンを手土産にすることも増えてきましたけど、僕がパン屋さんを始めた頃はそうじゃなかった。だけどラスクになることで日持ちもするし、ちょっとしたギフトになるポテンシャルがあったんですよ。

安田

確かに「ギフト」として考えれば500円は安いですよね。


スギタ

ええ。それでチョコがけのラスクも作ってみて、その2種類をギフトボックスに入れて千円ほどで販売してみた。そしたらすごくヒットしました。

安田

いやぁ、発想力が素晴らしいです。もちろん「美味しい」というのが大前提ですけど、それだけではヒット商品は生まれない。ネーミングも含む「コンセプト」が、商品をヒットさせるためのカギだということが、よくわかりました。


対談している二人

スギタ マサユキ
株式会社モンテドール 代表取締役

1979年生まれ、広島県広島市出身。幼少期より「家業である洋菓子店を継ぐ!」と豪語していたが、一転して大学に進学することを決意。その後再び継ぐことを決め修行から戻って来るも、先代のケーキ屋を壊して新しくケーキ屋をつくってしまう。株式会社モンテドール代表取締役。現在は広島県広島市にて、洋菓子店「Harvest time 」、パン屋「sugita bakery」の二店舗を展開。オーナーパティシエとして、日々の製造や商品開発に奮闘中。

 


安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家

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1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。

 


 

 

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