第16回 実力より「ちょっと上の期待値」で、顧客満足度はアップする

この対談について

地元国立大学を卒業後、父から引き継いだのは演歌が流れ日本人形が飾られたケーキ屋。そんなお店をいったいどのようにしてメディア取材の殺到する人気店へと変貌させたのかーー。株式会社モンテドールの代表取締役兼オーナーパティシエ・スギタマサユキさんの半生とお菓子作りにかける情熱を、安田佳生が深掘りします。

第16回 実力より「ちょっと上の期待値」で、顧客満足度はアップする

安田

前回の対談で、スギタさんが大学の学生に向けて「商品開発」を教えていらっしゃると伺いました。実際にどういった授業をされているのか、もう少し詳しくお聞きしてもいいですか?


スギタ

はい、もちろん。以前した「コンセプト」と「パフォーマンス」の話なんかはしていますね。とは言え、あまり「学問」になりすぎないように、なるべく実践的なことを伝えるように心がけています。

安田

スギタさんは現場のプロですもんね。具体的にはどんな話をされているんですか?


スギタ

学生さんの反応がいいのは、ウチのケーキパンを何十種類も持ちこんでズラーッと並べて見せてあげる時(笑)。で、1つひとつ商品を見せながら「これはこういうアイディアから生まれた商品です」とか「これ、全然売れなかったんだよね」みたいな話をしています。

安田

ほぅ、売れなかった商品の話もするんですか(笑)。


スギタ

しますね〜。しかもそういう商品の方が、食いつきがいいんですよ(笑)。「アイディアはステキなのに売れないことがあるんですね〜!」なんて驚かれたりして(笑)。

安田

「プロなのに失敗するんだ」という新鮮な驚きがあるのかもしれないですね(笑)。


スギタ

そうでしょうね。おそらく皆、自分で商売したことはない子たちなわけで、すごく新鮮みたいです。

安田

すごくいい体験だと思いますね。というのも私は常々、学生に限らずもっと「商売体験」をした方がいいと思っていて。自分で商品を考えたり、接客したり、もっと顧客の「生の反応」に接する機会を増やすというか。


スギタ

フィールドリサーチは大事ですよね。頭の中で「どんな商品が売れるか」なんて考えてもたいしたアイディアは出ないですから。

安田

そうそう。実際に自分が動くことで、初めて「リアルな感覚」が身につくわけで。


スギタ

仰るとおりだと思います。だから僕も学生さんに、「普段何気なく手にしている商品が、どういう経緯で世に出たのか」を考えながら買い物するといいよって言ってます。そうすることで「商品開発」ということに血が通ってくるんだよって。

安田

いや、素晴らしいですね。ちょっと話は戻りますが、先ほどの「コンセプト」と「パフォーマンス」の部分で、多くの人は「パフォーマンス=美味しさ」さえあれば売れるもんだ、と思っている節がありますよね?


スギタ

そうですね。美味しい商品を作ることは当然大事ですけど、「食べてみたいと思わせられるようなコンセプト」をつくるのもすごく大事。でも、それに気づけていない人は多いかもしれない。

安田

ですよね。そもそも商品に気づいてもらって、食べてもらわないことには、美味しいかどうかもわかってもらえないわけで。だからコンセプト、つまり「売るための戦略」が必要不可欠になってくる。


スギタ

仰るとおりです。ただそれって僕ら職人の一番下手なところなんですよね(笑)。

安田

いやいや、スギタさんはすごくお上手ですよ(笑)。とはいえ一般的に「職人気質」な人は「俺は愚直に美味いものを作り続けるだけ。この良さがわからない世間が悪い」なんて思っている人も多そうです(笑)。


スギタ

そうなんですよ。「パフォーマンス」は上手なのに、売り方が下手だから全く売れていないお店、いっぱいありますもん。もったいないと思いますよ。

安田

逆に「コンセプト」を作るのがすごく上手くて、めちゃくちゃ売れているんだけど、実はたいして美味しくない…っていう商品もありますよね(笑)。スギタさんの実感としては、どちらが多いと思われますか?


スギタ

圧倒的に前者でしょうね。「美味しいんだけど、全く知られていない」という商品はごまんとあると思います。逆に言えば、「良さ」さえうまく伝わればいきなりバンと売れますよ。

安田

なるほどなるほど。ちなみに先ほど、学生さんに売れなかった商品の話もするって仰っていましたが、スギタさんは「売れない商品」にはどうやって見切りをつけるんですか?


スギタ

「期間」で見切りをつけることが多いですかね。2〜3年やってみて、いろいろ手を尽くしも全然ハネなかったら、潔く撤退します。

安田

ふーむ、スギタさんのお店でも、実際にそういうことがあったんですか?


スギタ

ありましたよ〜。広島レモンを使った焼き菓子を、広島駅とか広島空港で売ろうとしたんですが、全然ダメでした。何度も売り場に足を運んで、見せ方なんかもめちゃくちゃ工夫したんですけど。

安田

へぇ。広島名物を使っているなら、お土産として売れそうですけどね。


スギタ

そもそも広島レモンを使ったお菓子が他社からもいっぱい出ていたんですよね。ウチの商品は他社製品に埋もれてしまって、見つけてさえもらえなかった。で、「これはもう広島レモンで勝負すべきじゃないな」と判断しまして。

安田

ははぁ…確かに「自分のお店で売る」のと「駅や空港=不特定多数の人が行き交う場所で売る」のとでは、コンセプトの立て方から違いますもんね。


スギタ

そうなんですよ。あ、その「コンセプトの立て方」のことで僕、いつか安田さんに聞いてみたいことがあったんでした!(笑)

安田

ほぅ、なんでしょうか?(笑)


スギタ

僕は「コンセプト=期待値」だと捉えているんですね。お客様に「期待値」を持ってもらえなければお店には来てもらえないわけで。でも期待値が高まるほど、実際に来店後にその期待値を越えられなかった場合、半端ない「がっかり感」を与えるハメになってしまうなぁと(笑)。

安田

確かに期待値が高かった分、満足いく体験ができないと、裏切られた気はしますね(笑)。しかも今の時代、あっという間にSNSで「この店、がっかりなんだけど」って拡散されちゃうかもしれない(笑)。


スギタ

そうそう(笑)。でも一方で、たいして期待もせずに入ったお店で最高のパフォーマンスを受けたら、満足度はかなり高くなる。そういう「期待値」のコントロールってどういう風にすればいいのか、ずっと安田さんにお聞きしたくて…(笑)。

安田

そうでしたか(笑)。私は今の実力よりも「ちょっと背伸びした期待値」を設定するのが先決で、その後、それに合わせてパフォーマンス力も上げていく、という順番が良いと思います。


スギタ

なるほど。つまり過度な期待を抱かせるようなコンセプトは良くないってことですね。「実力のちょっとだけ上」で期待値を調整すれば、来店前後で大きなギャップを感じられずにすむと。

安田

ええ。とは言え「がっかり感」を持つことって、ユーザー側にもある程度のスキルが必要なんですよ。美味しさとかサービスの良し悪しを見極めるって、案外難しいんです。


スギタ

そうか。みんながみんな、料理人のような「本物がわかる舌」を持っているわけじゃないですもんね(笑)。

安田

そうそう(笑)。バターロールにマーガリンを使っていても怒る人がいないのは、バターとマーガリンの味をしっかり区別できる人がほとんどいないからだと思いません?(笑)


スギタ

あぁ、確かに(笑)。

安田

だからそういう人たちには「これは本当に美味しい商品なんですよ」「素晴らしいサービスなんですよ」と信じ込ませてあげることで、喜んでもらえる側面もあると思っていますね。


スギタ

ははぁ、なるほど。期待値を高く持って来店したからには「これは絶対美味しいはずだ」という心理も働くでしょうしね。「自分が選んだ店は、間違っていた」とは思いたくないですから(笑)。

安田

そういうことです。だから「コンセプト」ってある意味、お客さんの「師匠」になることだと思いますね。何を持って「美味しい」とか「素晴らしいサービス」とするかを啓蒙するというか。


スギタ

なるほど、面白い! 僕がずっと悩んでいたことがようやく解決しそうです(笑)。ありがとうございます!


対談している二人

スギタ マサユキ
株式会社モンテドール 代表取締役

1979年生まれ、広島県広島市出身。幼少期より「家業である洋菓子店を継ぐ!」と豪語していたが、一転して大学に進学することを決意。その後再び継ぐことを決め修行から戻って来るも、先代のケーキ屋を壊して新しくケーキ屋をつくってしまう。株式会社モンテドール代表取締役。現在は広島県広島市にて、洋菓子店「Harvest time 」、パン屋「sugita bakery」の二店舗を展開。オーナーパティシエとして、日々の製造や商品開発に奮闘中。

 


安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家

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1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。

 


 

 

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