地元国立大学を卒業後、父から引き継いだのは演歌が流れ日本人形が飾られたケーキ屋。そんなお店をいったいどのようにしてメディア取材の殺到する人気店へと変貌させたのかーー。株式会社モンテドールの代表取締役兼オーナーパティシエ・スギタマサユキさんの半生とお菓子作りにかける情熱を、安田佳生が深掘りします。
第30回 「売れない経験」もさせるのが、商品開発の醍醐味?
ははぁ、なるほどなぁ。年齢を重ねていくと、流行にも鈍感になってしまいそうですし。
そうそう(笑)。だから若いスタッフの感性ってすごく大事なんですよね。オーナーシェフ1人で考えているより、ずっと魅力的なお店になるだろうなって。
確かにそうでしょうね。でも、そんなにバンバン意見って出てくるものですか?
前回の対談でもお話しましたが、社員さんたちとなるべくフラットな関係性を築いて、意見を出しやすい雰囲気を作るようにはしてます。そのためには「忍耐力」もかなり大事なんですけど(笑)。
つまり、我慢が必要ってことですね。そんなに良い意見ばかりが出てくるわけではないと(笑)。
仕方がないことではあるんですが、「それは売れないよ…」という案もいっぱい出てきますのでね(笑)。でもそれを僕の経験値でジャッジしてしまわないようにしています。「もう次から自分のアイディアを言うのは嫌だな」って思われたら悲しいので。
あぁ、確かに。「アイディアを出せ」って言いながら、いざ提案すると「あ、それはダメ。無理」っていう経営者さん、いますもんね(笑)。
そうなんですよ。この業界にも本当に多くて…(笑)。だから僕は「こんなの売れないからダメ」なんて言わず、「ここにもうひと工夫加えたらもっと良くなるんじゃない?」みたいな言い方をしています。
ふむふむ。とはいえ、結果的に店頭に並べるかどうかのジャッジは必要ですよね。最終的にスギタさんが「これは売れないだろうな」と思う商品が並ぶこともあるんですか?
全然ありますよ。やっぱり実践が一番の勉強なので、味やクオリティに問題がなければどんどんショーケースに並べます。仮に売れなかったとしても、自分が発案した商品だと「何がダメだったんだろう」って本人が真剣に考えるんですよ。
ははぁ、その経験が次の商品開発に生かされるというわけですね。ちなみにスギタさんが「これは売れないな」と思うのはどういう商品なんですか。そこには何らかの基準がある?
素材の組み合わせで、ある程度の予測は立ちますね。例えばイチゴの商品は鉄板なんです。どんなアレンジでも、イチゴが乗っていれば絶対売れると言えてしまうくらい。
へぇ〜、でも確かに見た目的にも華やかですもんね。
そうなんです。一方で、ナッツやキャラメルを使った商品はどうしても地味に見えてしまう。イチゴのように目立たないから、なかなかお客様に選んでいただけないんですよ。
あぁ、確かに。いわゆる“玄人っぽい人”にしか受けない感じがしますね(笑)。
まさにそうなんですよ(笑)。ただそれを考えた本人は、自分のアイデアだから「このケーキが一番ステキ!」となってしまう。客観的な視点がなかなか持てないんです。
どの業界でも新人さんってそういうものですよね。そういう人が、「売れなかった」という経験を経て客観性を徐々に身につけていくと。
仰るとおりです。そうやってマーケットイン的な発想を学んでいってもらえればと思っています。あともう1つ、商品開発をする時に取り組んでいることがありまして…。
ほう、なんでしょう?
アイディア出しから商品作りまですべてを1人でやるのではなく、「最初のアイディアを出す人」と、「それを実際に形にする人」を分けるんです。
へぇ〜。なんだか「作曲家」と「編曲家」みたいですね(笑)。でもなぜ分けてしまうんですか? 1人で全部手がける方がやりがいも大きそうなのに…。
最初から最後まで全部自分で手がけたケーキって、思い入れが強すぎてしまうんですよ。だから売れなかったり口コミが良くなかった場合、すごくショックを受けてしまう。
なるほど〜。つまり「商品」と「自分」を同一視してしまうわけですね。
まさにそうで、自分自身にダメ出しされている感覚になっちゃうんです。それがショックで辞めちゃったりしたらもったいないでしょう? だから別の人を関わらせることで、少し距離感を調整してあげる。
ははぁ、なるほど。それによって「商品=自分自身」という思い込みを解いてあげるわけですね。
仰るとおりです。一方「形にする人」にとっても、自分のオリジナルのアイディアではないからこそ、意見やアドバイスも受け入れやすい。そういう工夫はしていますね。
よく考えられているんですね。ところで商品開発の現場ってどんな感じなんですか? みんな好き勝手に「こんなの作りました〜」って持ってくるんですか?
基本的にはそういう感じなんですが、ただ割と皆が似たようなものを作ってくるんですよね。というのも前提として、僕らの業界って「季節」という大きな縛りがあるんです。季節によって使える素材が限られてくるわけですよ。
そうかそうか。秋だったら巨峰とか栗とかイチジクとかさつまいもとか、そういう旬の素材があると。
そうなんですよ。素材が限定される中で皆が開発してくるので、どうしても似た商品になっちゃうんですよね。「これ、どっかで見たな」ってアイデアが多いというか。
スギタさんとしてはもっと突拍子もない商品アイディアを持ってきて欲しい?(笑)
その方が嬉しいですね〜(笑)。「その手があったか!」とびっくりするくらい振り切ったアイディアを求めてます(笑)。
そういう商品開発、私も興味がありますね〜。いつかスギタさんを驚かせられるようなアイディアを出しますので、待っていてください(笑)。
対談している二人
スギタ マサユキ
株式会社モンテドール 代表取締役
1979年生まれ、広島県広島市出身。幼少期より「家業である洋菓子店を継ぐ!」と豪語していたが、一転して大学に進学することを決意。その後再び継ぐことを決め修行から戻って来るも、先代のケーキ屋を壊して新しくケーキ屋をつくってしまう。株式会社モンテドール代表取締役。現在は広島県広島市にて、洋菓子店「Harvest time 」、パン屋「sugita bakery」の二店舗を展開。オーナーパティシエとして、日々の製造や商品開発に奮闘中。
安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。