第38回 「進化」と「変化」を繰り返してきたシュトーレン

この対談について

地元国立大学を卒業後、父から引き継いだのは演歌が流れ日本人形が飾られたケーキ屋。そんなお店をいったいどのようにしてメディア取材の殺到する人気店へと変貌させたのかーー。株式会社モンテドールの代表取締役兼オーナーパティシエ・スギタマサユキさんの半生とお菓子作りにかける情熱を、安田佳生が深掘りします。

第38回 「進化」と「変化」を繰り返してきたシュトーレン

安田

クリスマスといえばシュトーレンですね。私、これまでに何度もスギタさんのお店のシュトーレンを食べていますが、やっぱり毎年改良されているんですか? どんどん味が美味しくなっている気がしていまして…。


スギタ

あぁ、嬉しいなぁ、ありがとうございます。そうですね、毎年少しずつ変えています。というか、毎年同じレシピで作ったことがないくらいで。

安田

そうなんですか! 毎年変えるというのは驚きです。


スギタ

単に味を美味しくするという面だけでなく、スパイスやドライフルーツの種類も変えています。作る側としても、それを楽しんでいるところもあるかもしれないです(笑)。

安田

なるほどなるほど。味を美味しくするための「進化」と、使う材料の「変化」、両方をやられているわけですね。まず「進化」についてお聞きしたいんですが、どんなことをされてきたんでしょうか。


スギタ

やっぱりシュトーレンを作るのに使う「マジパン」が、一番大きく進化していると思います。

安田

マジパンって、シュトーレンの真ん中に入っているものですよね? シュトーレンの芯のような。


スギタ

そうそう、それです。アーモンドと卵白で作ったペースト状のものなんですけど。旨味と香りを出すために入れることが多いですね。

安田

ん、ということは、シュトーレンに絶対に入れなきゃいけないものでもないんですか?


スギタ

そういうわけでもないですね。ただ、ドイツやオーストリアなどの本場では、アーモンドのマジパンを入れて作ったものが起源だと言われているので、クラシカルなシュトーレンを作るお店では入れていることが多いと思います。

安田

ふむふむ。そのマジパン、スギタベーカリーさんではどうやって進化してきたんですか?


スギタ

実は最初の頃って、マジパンも全部手作りしていたんですよ。「アーモンドプードル(粉末状にしたアーモンド)」に砂糖と卵白を混ぜ合わせてイチから手作りして、それを芯にして焼いていたんです。

安田

ほう。今はもう手作りしていないんですか?


スギタ

そうですね。もちろんマジパンを手作りしていた頃のシュトーレンも美味しかったんですが、もっと風味がいいマジパンを見つけまして。特にドイツ産はすごくいいんですよ。そうやって毎年少しずつマジパンを変えていきました。

安田

なるほどなぁ。というかシュトーレンって日にちが経つごとにしっとりしてくるような気がするんですが、それはマジパンと関係があるんでしょうか?


スギタ

確かにマジパンに含まれるアーモンドの油脂分が、だんだんと周りの生地に浸透してしっとりする面もあります。ただ時間経過によるしっとり感や味の変化の大部分は、ドライフルーツから滲み出てくるエキスの影響が大きいかもしれないですね。

安田

そうか、ドライフルーツからも滲み出てくるんですね。


スギタ

そうなんですよ。お酒など漬けたフルーツを生地に練り込んで焼き上げるんですが、焼き立ての時はまだ水分はドライフルーツ自身が抱え込んでいるんですね。それが日にちが経つにつれて、生地に水分移行するんです。

安田

ほう…水分移行ですか。


スギタ

はい。その過程で、果物の香りや美味しさ、お酒の風味といったものが全部シュトーレンの生地に浸潤していく。それがシュトーレンの楽しさといえる気がしますね。

安田

わかりますわかります。味が変わっていくのが楽しいですよね。しかも美味しいから、ついつい食べ過ぎちゃうんですよ(笑)。ちなみにスギタベーカリーさんのシュトーレンって、他のお店のものと比べてバターの香りがすごくいいですよね。


スギタ

ありがとうございます。そこもやはりこだわって進化を遂げてきている部分でもあるので、そう言っていただけると嬉しいですね。

安田

ふむふむ。使う材料が毎年ちょっとずつ「いいもの」に進化していっているわけですね。じゃあ「変化」という面ではどうでしょうか。


スギタ

そうだなぁ。例えば今年で言えば、チョコレートのシュトーレンをやってみたんですけど。そうやって、中に混ぜ込む果物やナッツを変えてみたり、使うスパイスも変えてみたり…。

安田

ということは去年と今年を比べた時に、必ずしも今年の方が美味しいとなるかというと、そうでもないわけですか?


スギタ

そうなりますね(笑)。「去年の方が美味しかったかも…」ということもあり得なくはないです(笑)。

安田

なるほど(笑)。そこは「変化を楽しんでください」というわけですね。でもそうやって毎年あれこれ変えているということは、「ウチのシュトーレンはこれだ!」というレシピを守り続けたいという気持ちはないんですか。


スギタ

そうですね。僕はどちらかといえば少しずついろんなものを取り入れながら、変化を楽しんでいる部分はあるかもしれないです。というのも、僕が大好きなシュトーレンを売っているお店が広島にあるんですが、そこは本場で学ばれてきた方が、クラシカルなシュトーレンを守り続けていらっしゃるんですね。そういうお店はもうあるわけだから、僕らは変化していこうかなと(笑)。

安田

ああ、そのお店のシュトーレン、私も取り寄せて食べましたよ。ただ私の素直な感想としてはスギタベーカリーさんの方が美味しいと感じましたし、妻も同じことを言っていました(笑)。


スギタ

えぇ、本当に?! いやぁ…恐縮すぎますよ…(笑)。

安田

進化と変化を遂げているうちに、そのお店のシュトーレンを超えてしまったんじゃないでしょうか(笑)。


スギタ

いやいや…とんでもない、とんでもない…(笑)。

安田

笑。ちなみにシュトーレンが一番美味しいのは「作ってから何日目」みたいな目安はあるんでしょうか?


スギタ

それはもう完全に好みだと思います。僕はドライフルーツからエキスが浸潤していく過程を楽しみたいし、美味しいと思っているので、1週間から10日くらい寝かせますかね。でも人によっては焼き立てが好きな方もいらっしゃいますよね。

安田

へぇ、そうなんですか!


スギタ

はい。スギタベーカリーでも例年11月頃から店頭に出すんですが、買ってすぐに食べて「美味しかったからまた買いに来ました」っていうお客様もいらっしゃいます(笑)。

安田

もう少しゆっくり味の変化を楽しんでもいいと思いますけど(笑)。ちなみにシュトーレンって保存食だから賞味期限はないんですか?


スギタ

ないですね。バターでコーティングして、さらにその上から砂糖でカバーするので、基本的に菌が繁殖しない状態なんですよ。それこそお店によっては「ヴィンテージ」というのを売りにして、去年作ったシュトーレンを売っているところもあるくらいですからね。

安田

そんなシュトーレンもあるんですか! じゃあぜひいつか、スギタベーカリーさんからも「年代物のシュトーレン」を発売していただきたいと思います(笑)。


対談している二人

スギタ マサユキ
株式会社モンテドール 代表取締役

1979年生まれ、広島県広島市出身。幼少期より「家業である洋菓子店を継ぐ!」と豪語していたが、一転して大学に進学することを決意。その後再び継ぐことを決め修行から戻って来るも、先代のケーキ屋を壊して新しくケーキ屋をつくってしまう。株式会社モンテドール代表取締役。現在は広島県広島市にて、洋菓子店「Harvest time 」、パン屋「sugita bakery」の二店舗を展開。オーナーパティシエとして、日々の製造や商品開発に奮闘中。

 


安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家

Twitter  Facebook

1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。

 


 

 

感想・著者への質問はこちらから