第6回 2店舗目をパン屋にしたのは、競合店封じのため

この対談について

地元国立大学を卒業後、父から引き継いだのは演歌が流れ日本人形が飾られたケーキ屋。そんなお店をいったいどのようにしてメディア取材の殺到する人気店へと変貌させたのかーー。株式会社モンテドールの代表取締役兼オーナーパティシエ・スギタマサユキさんの半生とお菓子作りにかける情熱を、安田佳生が深掘りします。

第6回 2店舗目をパン屋にしたのは、競合店封じのため

安田

スギタさんの会社は、『ハーベストタイム』というケーキ屋さんと『スギタベーカリー』というパン屋さんの2店舗を経営されています。そもそもなぜ2店舗目をケーキ屋さんではなくてパン屋さんにしたんでしょう。


スギタ

順を追って説明させていただくと……実は今スギタベーカリーがある場所って、もともとチェーン店のケーキ屋さんがあった所なんですよ。

安田

え、そうだったんですか? でも確か、スギタベーカリーの場所って、ハーベストタイムから徒歩数分の場所でしたよね? そんなに近い場所に競合店があったんですか。


スギタ

そうなんです(笑)。父がお店をやっていた当時、そこに地域一番人気のチェーンのケーキ屋さんができてしまって。それで父のお店のケーキが全く売れなくなってしまったんですよね。

安田

へ〜。だけどスギタさんがお店を継いで人気店にしたことで、今度はチェーン店のほうが撤退してしまったと。


スギタ

そういうことになりますね。で、そこが空き店舗になるということで、当然、銀行からお声がかかるわけですよ。「今よりも立地がいいですし、駐車場も広くなりますよ。こちらに移転されたらどうですか?」って。

安田

ははぁ、なるほど。でも確かスギタさん、お父さんから継いだお店を1800万円かけて作り直したんですよね。そんな簡単に移転なんてできないんじゃ?


スギタ

そうなんですよ! しかも建ててから改装や拡張も繰り返していたので、累計で何千万円もかかっていて…(笑)。だからさすがに今のお店を潰すわけにはいかないよな、と躊躇していたんです。

安田

でもそんなに立地がいい場所なら、すぐに別のお店に取られてしまいそうですよね。


スギタ

まさに仰る通りで。例えばすでに人気のある個人店が、その場所に2号店・3号店としてオープンする可能性もあるわけです。そうなるとチェーン店よりも戦いづらい相手になってしまう。その危機感もすごくありました。

安田

なるほど。簡単に移転できる状況ではないものの、その場所は自分たちで押さえる必要があったと。


スギタ

そういうことです。そんな時、神戸で修行していた『ダニエル』のことを思い出したんですね。「そういえば、ダニエルって多業態展開していたよな」と。

安田

ああ、確かに。スギタさんもカフェやレストランで働いていたって仰っていましたもんね。


スギタ

そうなんです。それでピンとひらめいて。そうか、ケーキ屋さん以外の業態で店舗を構えればいいじゃないかと。

安田

なるほどなぁ。とはいえ、いろいろな業態がある中でなぜ「パン屋」を選んだんですか?


スギタ

実はちょうどその頃、10年くらいパン屋さんを経営されていた方が面接に来ていて。ウチのケーキ屋で修行したいと言って。

安田

え、パン職人がケーキ屋さんで修行したいって来たんですか? それはまたどうして。


スギタ

クリスマスとかバレンタインとか、いろんなイベントに関われるケーキ屋が羨ましかったんですって。ほら、パン屋ってそういうイベントには無縁じゃないですか。だからウチでケーキ作りの修行を積んで、ゆくゆくはケーキとパンの両方を出すお店がしたいと。

安田

なるほどなぁ。……ん、ちょっと待ってくださいよ。ということは、そのパン職人さんからパン作りを習うことにしたんですか?


スギタ

ええ、まさに(笑)。「僕からはケーキ作りをしっかり教えますので、僕にパンを教えてください。それであの場所で一緒にパン屋さんをやりましょう!」ってお願いしました(笑)。

安田

なんと! そんな経緯だったんですね。まぁでも、スギタさんにとっても渡りに船みたいな状態だったわけだ(笑)。


スギタ

そうなんですよ(笑)。そんなわけで、最初の1年間はパン屋立ち上げのために力を貸してもらいました。僕だけじゃなくて、他のスタッフや新しく雇ったスタッフにもしっかりとパン作りを伝授してもらって。

安田

すごいですね(笑)。ちなみにその方は、もともとどこかの有名パン屋で修行していたというような方だったんですか?


スギタ

DONQっていう大きなチェーン店のパン屋さんで働かれていた方でしたね。

安田

DONQって、神戸に本社がありますよね? 私も子どもの頃によく食べていましたよ。


スギタ

そうでしたか。実は広島でパン屋をやっている方って、DONQ出身の方がとっても多くて。だから僕らもある意味、DONQ式のパン作りを教えてもらっていたことになると思います(笑)。

安田

へぇ、おもしろいなぁ。ちなみにそれ以前は、一度もパンを焼いたことはなかったんですか?


スギタ

一応、ありました。ランチをやっていた時は、パスタセットにつけるフォカッチャを焼いていましたし。あとはダニエルでの修行時代、レストランで料理を担当していた時にも少し経験させてもらいましたね。

安田

じゃあ、パン作りに関するある程度のノウハウはお持ちだったんですね。


スギタ

いやいや、そんなノウハウと言えるレベルではないです(笑)。でも正直なところ自分でパン屋をやるまでは、「パン屋もケーキ屋も似たようなもんだろうな」と高を括っていたところはありました。

安田

どちらも原材料は同じですもんね。小麦粉とかお砂糖とか。


スギタ

そうそう。それに「製菓製パン業界」と一括りにして呼ばれるくらいですし、ケーキ作りとほとんど同じようなものだろうから楽勝だな、なんて思っていました。

安田

ところが実際は違ったわけですか。


スギタ

もう全然違いました(笑)。これほどまでに違うものなのかとびっくりしましたよ。それまでの僕がやっていた「パン作り」なんて、子どものお遊びみたいなもので(笑)。基礎の基礎からしっかり教え込んでいただきましたね。

安田

そうだったんですね(笑)。スギタベーカリーの商品ラインナップはどうやって決めたんですか?


スギタ

それも最初は教えてもらうがまま。作れるようになったものが店頭に並んでいる感じです(笑)。自分たちのパン作りのレベルが徐々に上がっていくのと同時に、だんだんとオリジナルパンの考案もできるようになっていって。

安田

なるほど。ちなみにパン作りとお菓子作り、何がそんなに違ったんですか?


スギタ

どう言えばいいんだろうなぁ。考え方が180度違うというか…。たとえばケーキ屋さんって、クリームとかジャムとかも含め、全てのパーツを自分たちの手で作っているんですよね。でもパン屋さんはそうじゃない。

安田

というと?


スギタ

パンにのせたり包んだりする「フィリング」と言われる具材。ああいうものは全部、問屋さんから仕入れているんですよ。

安田

え、お店で作っているわけじゃないんですか?


スギタ

違うんです。例えばカレーパンに包むカレーだったら、メーカーさんがそれこそ何十種類と作っているので、パン屋さんは自分が作りたいと思う味に近いカレーを仕入れているんです。カレーだけじゃなくて卵とかサラダとかも全部。その違いに一番驚きましたね。

安田

へぇ〜それは知りませんでした! ではケーキ屋さんとパン屋さんの違いについては次回の対談でさらに詳しく聞かせていただきたいと思います。


対談している二人

スギタ マサユキ
株式会社モンテドール 代表取締役

1979年生まれ、広島県広島市出身。幼少期より「家業である洋菓子店を継ぐ!」と豪語していたが、一転して大学に進学することを決意。その後再び継ぐことを決め修行から戻って来るも、先代のケーキ屋を壊して新しくケーキ屋をつくってしまう。株式会社モンテドール代表取締役。現在は広島県広島市にて、洋菓子店「Harvest time 」、パン屋「sugita bakery」の二店舗を展開。オーナーパティシエとして、日々の製造や商品開発に奮闘中。

 


安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家

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1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。

 


 

 

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