第65回 町のケーキ屋さんが量産型ケーキと競合しない理由

この対談について

地元国立大学を卒業後、父から引き継いだのは演歌が流れ日本人形が飾られたケーキ屋。そんなお店をいったいどのようにしてメディア取材の殺到する人気店へと変貌させたのかーー。株式会社モンテドールの代表取締役兼オーナーパティシエ・スギタマサユキさんの半生とお菓子作りにかける情熱を、安田佳生が深掘りします。

第65回 町のケーキ屋さんが量産型ケーキと競合しない理由

安田

先日ニュースで見て驚いたんですが、シャトレーゼが労基法違反で書類送検されたのってご存知ですか?


スギタ

ああ、僕も見ました。ニュースに取り上げられてましたよね。

安田

ええ。それで「これはスギタさんにぜひご意見をお聞きしたい」と思って。シャトレーゼといえばビジネスとしてはかなり成功しているケーキ屋さんだと思うんです。でもだからこそ大量生産しなきゃいけなくて、結果人の働き方に無理が出たのかなと。


スギタ

僕は内部の人ではないので詳しくはわかりませんが、そういう側面はあるでしょうね。そもそも十分な人員を確保すること自体も簡単ではないですし。

安田

ああ、なるほどなるほど。一方で、ピーク時に合わせて採用するとシーズンオフには人が余ってしまう、という問題もあるとも仰ってましたね。結果、少人数で回すこととなり、そのしわ寄せが既存社員にのしかかってくる。


スギタ

ええ。業界全体の課題の一つだと思いますね。ただニュースでは「下請け企業に商品保管を無償でやらせていた」とも報じられていたので、別の問題もありそうですけれど。

安田

なるほど。今はトヨタでさえ下請けに保管料を払う時代ですし、「下請けいじめ」で利益を出す構造はもう通用しませんよね。何かあればすぐSNSで拡散されたり、労基署に通報されたりする時代ですから。


スギタ

そうですね。「昔はこれでやれていたから」という感覚でいるとマズイと思います。そこは時代に合わせてどんどんアップデートしていかないと。

安田

仰る通りで。そもそも今は「物を安く売る」ということが成り立ちにくいんですよね。安さで有名だったさくら水産も、昔は150店舗以上あったのが今は10店舗くらいに減っているらしいですし。


スギタ

へぇ〜、そんなに減ってるんですね。確かに安いイメージはありましたけど。

安田

ランチなんて、ご飯や味噌汁、海苔、卵も食べ放題で500円でしたからね。それが安さだけじゃやっていけなくなったからと価格を上げたら、お客さんが来なくなってしまった。


スギタ

難しいところですよね。安さを維持できなくなったからといって、ただ値上げするだけでは「売り」がなくなってしまう。

安田

そうなんですよね。安い店の多いエリアでは、そもそも値上げ自体が難しいし。一方で、大量に作ろうとすれば人手不足や労務管理の課題が出てくる。だから今は「安く売る」も「大量に作る」も、どちらも簡単ではない時代なんでしょうね。


スギタ

そういう商売がしたければ、完全に人間が必要ないくらいの自動化が必要かもしれませんね。グリコや明治、ブルボンなどのお菓子工場みたいに、すべて機械によって作られていくような体制じゃないと成り立たない。

安田

それこそ機械が壊れたときだけ人間が修理に入るみたいなね。ただそうなると、もはや「ケーキ屋さん」じゃないような気もしますけど(笑)。


スギタ

確かにそうなるともう「工場スタッフ」ですよね(笑)。シャトレーゼも、もちろん商品開発などにはパティシエが関わっているでしょうが、実際の製造は工場のパート・アルバイトさんたちでしょうし。

安田

ふ〜む、そうなるともはやスギタさんのお店とは完全に別業態って感じですよね。そういえばシャトレーゼが近所に出店したけどお客さんが減らなかった、って話もありましたね。

スギタ

ええ。実際、全然別のビジネスって感じですよね。パティシエの専門学校の子たちも、そういう大量生産系の企業にはそもそも応募しなかったりしますし。

安田

そうですよねぇ。パティシエとしての知識や技能を生かして働きたいのに、配属先が全自動の工場じゃ意味ないですもんね。それにシャトレーゼって、今はもうケーキだけじゃないんですよね。


スギタ

そうですね。和菓子やアイス、冷凍ピザまで売ってます。「今日ケーキが食べたいから行く」っていう感じではないんでしょうね。

安田

誕生日や記念日に行くというより、日常使いのお店なんですね。ちなみにシャトレーゼのケーキって、コンビニのケーキより美味しいんですか?

スギタ

うーん、最近はコンビニのケーキもかなり美味しいですから、なかなか評価は難しいですねぇ。ともあれ、パティシエが一つ一つ手作りするケーキとは「別物」という感じはします。

安田

なるほど。お客さん側もそういう認識なのかもしれませんね。

スギタ

近所にシャトレーゼができた時、僕も最初は「売上が半分ぐらいになってもおかしくないだろうな」と思っていたんですよ。でも実際は5%くらいしか減らなかった。

安田

なるほど、その結果も「ケーキ屋さんとは別物」ということを示しているわけですね。そうか、そういう意味ではシャトレーゼの競合は町のケーキ屋さんじゃなく、業務用スーパーとか卸売店なのかもしれませんね。「肉のハナマサ」とか(笑)。

スギタ

ああ、確かに。そのデザート版みたいな存在かもしれません(笑)。

 


対談している二人

スギタ マサユキ
株式会社モンテドール 代表取締役

1979年生まれ、広島県広島市出身。幼少期より「家業である洋菓子店を継ぐ!」と豪語していたが、一転して大学に進学することを決意。その後再び継ぐことを決め修行から戻って来るも、先代のケーキ屋を壊して新しくケーキ屋をつくってしまう。株式会社モンテドール代表取締役。現在は広島県広島市にて、洋菓子店「Harvest time 」、パン屋「sugita bakery」の二店舗を展開。オーナーパティシエとして、日々の製造や商品開発に奮闘中。

 


安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家

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1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。

 


 

 

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