この対談について
株式会社ワイキューブの創業・倒産・自己破産を経て「私、社長ではなくなりました」を著した安田佳生と、岐阜県美濃加茂エリアで老舗の葬祭会社を経営し、60歳で経営から退くことを決めている鈴木哲馬。「イケイケどんどん」から卒業した二人が語る、これからの心地よい生き方。
第56回 「納棺師」という仕事
第56回 「納棺師」という仕事

今日はちょっと死化粧についてお話を聞かせていただきたいと思います。

ええ。というのも、ウチの母親が亡くなった時にしてもらった死化粧が、あまりにも生前の母とかけ離れていまして。不謹慎ながら、兄貴と2人して「いくらなんでも、これは変だよね…?」と笑ってしまったんです(笑)。

いやいや、少なくともウチであれば、必ず事前に御遺族の方に確認するので、そういうことはあり得ません。お写真を見せていただきながら、なるべくご存命だった時の様子や雰囲気に寄せられるよう進めさせてもらってます。

ええ。でも葬儀会社の方が、死化粧をすごく自然にしてくださって。それだけじゃなく、爪を切って髭も整えて靴下や服も着せてくれて。なんなら生きていたときよりもカッコよくなっているかも、って妻も喜んでいました。

もちろんそうなんでしょうけどね。でも仕上がりの「これじゃない感」がすごくて(笑)。兄貴が一生懸命、普段の母の髪型に戻そうと奮闘していましたから(笑)。ちなみに業界の中には、「死化粧」のスペシャリストがいるんですか?

基本的には葬儀会社のスタッフが、徐々に経験を積みながらやっていく感じだと思います。職業としては「納棺師」と呼ばれていますね。

ええ。ちなみに最近は、普段の服装で荼毘に付されることも増えているんですよ。サラリーマンの方はスーツだったり、お年寄りの方はお気に入りのベストだったり、女性の方だったら思い出のワンピースだったり。白い着物だけではないんです。

そうなんですね。というか先ほどから「普段の様子」と仰っていますが、あえて普段通りにはしないでもらうこともできるんですか? たとえば「もっと若く見せてあげたい」とか「推しのコンサートに通っていた時のようにバッチリメイクにしてあげたい」とか。

そうですよね。ちなみにウチでは私の娘が納棺師をやっているんです。今でちょうど2年くらいになりますかね。

はい。実を言うと、40年前には私の母もやっていて。当時は女性の納棺師がいなかったので、すごく珍しがられていましたし、評判でもありました。母が亡くなって25年が経ちますけど、いまだに「あなたのお母さんにやってもらったのよ」と言われることもありますから。それだけ御遺族の方の印象に残っているんだなぁと。
対談している二人
安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。