第82回「サイレント値上げの正体」

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第82回「サイレント値上げの正体


安田

厚生年金が「こっそり上がる」っていうお話なんですけど。

久野

厚生年金の等級表って見たことあります?

安田
あります。すごく細かくて見る気が失せるやつ。
久野
(笑)厚生年金って、1カ月の給与が60.5万円を超えたら、みんな同じ保険料だったんですよ。それがしれっと上がる。上限が63.5にすっと変わったんです。
安田

60.5万円が63万円になるってことは・・・

久野
単純にいうと3万円×9%上がる。ざっくり1割ぐらいのサイレント値上げですね。
安田
つまり社会保険料が上がるってことですよね。
久野
そうです。63.5万円以上もらってる人は「社会保険料が増えちゃった」ってことです。
安田
いつから上がるんですか?
久野
2020年9月からです。
安田

9月から!もうすぐじゃないですか。それは誰が決めたんですか。

久野
国でしょうね。
安田
国でしょうけど。ニュースでは全然やってないですよ。
久野
すごいですよね。ここまでサイレントにできるんだっていう。
安田
サイレント値上げ。
久野
じつは昔から議論としてはあったんですけど。まさかコロナの中で、誰も気がつかないうちにやるとは。上手ですよね。
安田

世間の反感を買わないんですかね。

久野
月60万円を超えてたら、まぁまぁの所得じゃないですか。だからYahooニュースで取り上げても「ふーん。まあいいんじゃないの」ってなっちゃう。
安田
稼いでる人から取る分には、みんな文句を言わないと。
久野

そういうことです。

安田

しかも、あまり大々的にはやらず「こそっと」やるっていう。

久野
ほとんどの人は知らないんじゃないですか。
安田
こういうのはキチンと発表しなくていいんですか。NHKとかで。
久野
そんなのやっても視聴率取れないじゃないですか。
安田
いやいや。NHKは視聴率のためにやってるんじゃなくて、国民に正しい情報を届けるためにあるんですよ。
久野
影響が「限定的だ」ってことじゃないですか。
安田

60.5万円以上で63.5万円以下の人だけですもんね。対象者は。

久野
いえ違います。60.5万円以上の人は全員上がります。
安田
え!そうなんですか。
久野

はい。差額の3万円にかかってきますので。

安田
そうか。確かに。じゃあ60.5万円以上の人は全員3万円×10%を取られると。
久野
だいたいそれぐらいですね。
安田
ってことは月3000円ぐらい。対象者は何人いるんですか?
久野
全体の6.8%です。
安田

意外と少ないんですね。

久野
国民全体の中では高給取りのゾーンですね。あとは在職老齢年金というのがありまして。たとえば経営者は65歳超えても仕事してる人がいますよね。
安田

たくさんいますね。

久野
そういう人たちは年金が減額されるんですよ。
安田

なんと!

久野
65歳を超えて一定収入がありますと、厚生年金がストップするんです。
安田

ストップするというのは?

久野

厚生年金が支給されないんですよ。

安田

まったく支給されないんですか?

久野

されないです。

安田

それはどこかにストックされてるとか?後でもらえるんですよね。

久野
いえ。これは二度と戻ってこないです。国民年金の78万円だけはもらえます。
安田
国民年金だけ?厚生年金にも入ってるのに?
久野
はい。
安田

収めてるのに?もらえない?

久野

もらえないです。年金は納めてるんだけど、年金もらわずに終わってくんです。生涯現役で社長やってる人とかは。

安田

自分で稼いでるから「要らないだろう」ってことですか。

久野
そうです。いらないだろうと。
安田
詐欺みたいですね。私は一生働こうと思ってたんですけど。そうすると一生もらえない?
久野

厚生年金はもらえないでしょうね。

安田
厚生年金のほうが多いんですけど。国民年金より。
久野
多いですね。とくに稼いでる人はたくさん払ってるので。
安田

そうですよ。じゃあ、払ったのはぜんぶ無駄ってことですか。

久野
いや。無駄ではないです。お金がない誰かに回っていくので。
安田

そういうことじゃなくて(笑)とにかく、こういう事実はもっと大々的に告知するべきですよ。NHKで。

久野

厚生年金は保険だからしょうがないんです。

安田
保険?
久野

厚生年金保険というのが正式な名称。生命保険でも死んだり障害を負ったりしないと出ないでしょ。

安田
それは掛け捨ての場合だけです。
久野
掛け捨てなんですよ。厚生年金保険も。
安田
なんと!みんな積立だと思ってますよ。ちなみにいくら以上稼いだらもらえなくなるんですか?
久野
年金と月の給与を足して47万円。
安田
47万円を超える収入があったら、もらえないってことですか。
久野
年金が例えば10万だとするじゃないですか。そしたら残り37万円は稼いでもいい。
安田
37万円以上稼いだら、厚生年金はもらえないと。
久野

37万円以上稼ぐと一部年金は減額になり、 57万円以上稼ぐと厚生年金はもらえないです。

安田

でも生涯現役で働いてる経営者の人は、そのぐらいは稼ぎますよ。

久野
そういう人たちって現役時代にバリバリ稼いでるじゃないですか。
安田
でしょうね。そしてたくさん年金も払ってる。
久野

だから、そもそも基礎の年金部分が高いんですよ。つまり「稼いでもいい金額」が減っちゃう。

安田
ひどい話ですね。たくさん払ったのが仇となって、厚生年金がもらえないなんて。ちなみに国民年金はなぜもらえるんですか?
久野
国民年金は保険じゃないから。
安田
保険じゃない?
久野
はい。国民年金保険ではなく、国民年金。
安田
厚生年金は、厚生年金じゃなく厚生年金保険だと。
久野
そうなんです。
安田
これ、みんな知ってるんですかね。
久野
知らないと思います。私も社労士になるまで知りませんでしたから。
安田
ですよね。しかも積立ではなく掛け捨てだなんて。もうこれ立派な詐欺商法です。


久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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