第85回「無難という無価値」

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第85回「無難という無価値」


安田

社労士さんのお仕事ってリモートでも成り立つんですか?コロナが終わっても「コロナ前の事業体には戻さない」ってブログで宣言されてましたけど。

久野

宣言しちゃいましたね(笑)

安田
久野さん自身もリモートで顧問するというお話でしたけど。
久野

とりあえず新規の受注はリモートで受けてます。相談もリモートのままで問題ないと思ってます。

安田

単にリモートにするだけじゃないんですよね。

久野
はい。たとえば就業規則って「変えられない場所」が結構あるんですけど。
安田
変えられない場所?
久野
要は「この規定を盛り込んどかなきゃいけない」みたいなところが結構ある。
安田
どこの就業規則でも共通する部分ですね。
久野

はい。その部分の説明って、あえてオンラインつなげてやる必要がない。先に動画配信して見ていただいてから、分からない部分だけ相談してもらう。

安田

下手な人が説明するより「分かりやすい動画」をつくったほうが分かりやすいですし。

久野

そうなんですよ。

安田

ただ、そうなってくると、ある意味自分の首を絞めることになりませんか?動画で代わりができちゃうってことは、社労士にわざわざ相談する必要がなくなる。

久野

まさにそうです。その分、別の価値を生み出さなきゃいけない。

安田
どんな価値を生み出そうとしてるんですか、久野さんは。
久野
たとえば安田さんと一緒にやってる「雇わない経営」ですね。
安田

社労士さんが雇わないことを進めるんですか?

久野

給与計算とか手続きとかって、どのみち終わっていく仕事ですから。もっと深い専門的な相談を受けてきたいです。

安田
そのひとつが雇わない経営だと。
久野

単に雇わないだけじゃなく、雇わないでどうやって経営してくか。どうやって売上と利益を増やしていくのか。

安田

マネタイズ・ポイントをズラすのが大事だと思うんですよ。喫茶店で言えば、コーヒー代でお金を取ってるけど、静かな雰囲気がウリだったり。

久野
まさに社労士業界でもそういう工夫が必要になってきてます。
安田

資格ビジネスって、資格そのものをウリにするとレッドオーシャンですからね。

久野
その通りです。
安田

別のところで役に立ちながら「資格の分野」でお金をもらっていく。それが一番手堅く価格競争にも巻き込まれないやり方だと思います。

久野

キャッシュのポイントがズレてる専門家のほうが、多分儲かってます。

安田

でしょうね。

久野

士業のいいところは、はじめに仕事が多いんだけど、いったん仕事した後は工数が下がってくということ。そこはひとつ大きなポイントですね。

安田
たとえば人材業って「人を採ること」をサポートする仕事じゃないですか。
久野

はい。

安田
だけど話を聞いてみると採用する必要がないケースもあるんですよ。
久野
どんなケースですか?
安田

たとえば「営業マンを採るより、このシステム導入したほうがいいですよ」ってケース。

久野
なるほど。
安田

短期的に見たら売上が減るので、普通の営業マンはそういう提案をしません。だけどそういう人にこそ経営者は仕事を頼みたい。だから長期的にみたら売上も紹介も増えていきます。

久野
雇わない経営の相談もまったく同じですね。
安田

同じです。人を雇わなくなったら社会保険手続きの仕事はなくなるわけで。一見矛盾してるように見えるけど、それこそが正しいアプローチだと思います。

久野

そこはすごく意識してます。たとえば雇わない経営の相談に乗ると、必ず「雇うと雇わないの境目」が出てくるんですよ。

安田

なるほど。どこからが雇ってることになるのか、という境目ですね。

久野

そこを明確にしてあげることで仕事に繋がっていきます。雇用と業務委託のルールって明確なんですけど、まったく理解できてない社長って多いんですよ。

安田

法律が絡んできますからね。

久野

そうなんです。そこをつつかれると、労基法の問題でとてつもなく大変なことになる。そこをきっちり見てあげて、きれいに白黒付けてあげればビジネスになります。

安田

お客さんの反応はどうですか?たまに「ムッとされる」って言ってましたけど。

久野

そういう時もありますね(笑)

安田

「雇用は会社の使命だ」と思ってる社長からしたら、雇わない経営なんて絶対認めたくないでしょうし。

久野
怒り出す人もいますね。
安田

だけど、これは言ったほうが「お客さんのためだ」ってことは、やっぱり言っちゃうでしょ?

久野

はい(笑)言っちゃいますね。

安田

だから結果的に、久野さんはお客さんからの依頼や紹介が増えるんですよ。

久野

やっぱりみんな薄々気付いてると思うんですよ。雇用することの疑問というか。

安田

だって採用と教育にこれだけの労力をかけても、育った頃に簡単に辞めていく。残業はさせられないし。社会保険は高いし。

久野
すぐにパワハラとか言われますしね。
安田
そうですよ。
久野

社長になると、あんまり人から意見されないじゃないですか。

安田

はい。

久野

それが寂しいって人でも、従業員から意見されると腹立つみたいで。やっぱり「雇ってやってる」という思いがどこかにあるんですよ。

安田

あるでしょうね。でもそんなの今どき通用しないですよ。人がどんどん辞めちゃうし。

久野
そうなんです。それでも雇用するんですか?って聞くと「そうだよね」って話になる。
安田

雇用については、ほんと真剣に考えたほうがいいです。人が増えればその分儲かるという時代はもう終わりですよ。

久野

はい。そういう話をしていくことが、お客さんとの信頼関係をつくる上では、すごく大事かなと思ってます。

安田
社労士のやるべきことだけやってたら、価格競争まっしぐらですからね。
久野

特に法律関係はやることがほとんど同じなんですよ。人によって若干、解釈が違うだけで。専門家なんて8割は同じこと言いますから。

安田

そのほうが無難ですもん。

久野

そうですね。実現したい方向に持っていくには「こういうストレスがある」ってことをはっきり言って、一緒になってクリアしていく。そこがすごく重要だと思ってます。

安田

弁護士の向井さんも大人気ですけど、「はっきり言ってくれるからいい」って皆さん言います。士業の方ってなかなかはっきり言ってくれないですから。

久野
どうしても無難な話し方になっちゃいます。
安田

それで仕事が増えるなら分かりますけど。お客さんが少なくて困ってる人が、どうして無難なことしか言わないのか不思議でしょうがない。

久野

顧問先が少ないと、嫌われないように無難になっていくんですよ。

安田

はっきりと意見して切られるのが怖いと。

久野

そうですね。御用聞きみたいになってる人って結構多いです。

安田

それで仕事が増えるんですか?

久野

いえ、ぜんぜん増えてないです(笑)



久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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