境い目の善悪

自分の土地と、他人の土地。
自分の持ち物と、他人の持ち物。
自分の家族と、他人の家族。
多くの人は、自分と他人との境界線を、明確にしたいと考える。
境界線が曖昧だと、「私のもの」に対する義務も権利も
曖昧になってしまうからだ。

ここは私の土地である、これは私のものである、という安心感。
それは境界線によって生み出されているのである。
アメリカのトランプ大統領は、
メキシコとの国境に頑丈な壁を作ろうとしている。
「私たち」アメリカ人と、「私たち以外」の外国人を、
明確に区別したいからである。

一方ヨーロッパでは、国境を曖昧にする、
という試みがなされている。
共通の通貨を作り、物や人の往来を自由にする。
「私たち」と「私たち以外」の間にある境界線を取っ払い、
ひとつの共同体を作ろうとしているのだ。
なぜなら、その境界線こそが、
数々の紛争を生み出してきた元凶だと、考えているからである。

国境のない国家は存在しない。
それがトランプ氏の主張であり、
その主張はある意味とても正しい。
もし、「私の土地」と「他人の土地」の間に
明確な境界線がなければ、
そしてその境界線を守るルールがなければ、
「私の土地」は存在しなくなってしまう。

明確な境界線と、その境界線を守る力。
それが国家や個人の存在と権利を生み出しているのである。
警察と軍隊は、まさにその境界線を守る力だ。
私と他人。私の持ち物と、他人の持ち物。
その境界線が曖昧だと、
痴漢も窃盗も犯罪ではなくなってしまう。

「私」と「他人」の間にある、境界線を守る力。
それこそが警察なのである。
一方の軍隊は、「私たち」と「それ以外」の間にある
境界線を守る存在だ。
これは「私」と「他人」よりも、さらに複雑な関係である。
私と他人との間には物理的な境界線(肉体)が存在するが、
私たちとそれ以外の間には明確な境界線が存在しない。

つまり、「私たち」と「それ以外」の区別は、
かなり曖昧なのである。
だからこそ、その曖昧な境界線を守るためには
強烈な力が必要となる。
実際に警察は、拳銃程度の武器しか持っていない。
だが軍隊は、戦車、戦闘機、潜水艦、ミサイル、
さらには核爆弾まで持っている。

曖昧な境界線を守るためには、強大な力が必要なのである。
ではその力は、何から「私」を
もしくは「私たち」を守っているのか。
言うまでもなく、「私」や「私たち」以外の人間から、
守っているのである。
人間は人間を襲い、人間は人間から奪い、
人間は人間を支配しようとする。
だから「私」や「私たち」には境界線が必要であり、
その境界線を守る力が必要なのだ。

だが一方で、その境界線こそが人間同士の紛争の元凶である、
という主張もまた正しい。
国の違い、イデオロギーの違い、宗教の違いなど、
境界線のあるところには必ず紛争が起こる。
「私たちは同じである」という結束力を生み出すためには、
「彼らとは違う」という排他的な境界線が必要となるのだ。
必要な境界線と、必要のない境界線。
その境い目は、一体どこにあるのだろうか。


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