有限思考

人間にとって時間は有限である。
80年生きるとしても、
社会に出る時には既に20年使っている。
更に、最後の10年は、気力も、体力も、知力も、
かなり落ちていると覚悟せねばならない。

つまり、実際に使える時間は50年しかない。
そのうち30%は寝ているし、40%は仕事に従事している。
お風呂に入ったり、家族と団らんしたり、映画を観たり、
買い物をしたり、本を読んだり、旅行に行ったり。
それらを残りの30%の時間で賄わなくてはならないのだ。
にもかかわらず、私たちは時間を浪費する。

家でゴロゴロしたり、スマホでゲームをしたり、
何となくテレビを見続けたり。
いわゆる無為な時間というヤツだ。
私は別にそれを否定しているわけではない。
娯楽や息抜きの無い人生など、あり得ないからだ。
重要なのは、無為な時間を過ごさないことではなく、
自覚した上で無為な時間を過ごすことなのである。

冷静に計算すれば、人生はかなり短い。
自由になる時間は更に限られている。
にもかかわらず、人生でやるべき事は実にたくさんあるのだ。
映画も観たいし、ショッピングもしたい、
旅行にも行きたい、ゆっくり食事もしたい。

それら全部を無駄なことだとして排除したら、
実に味気のない人生になってしまうだろう。
そもそも何が無駄なのかは、人によって違う。
無駄な時間とは、お金にならない時間ではなく、
スキルアップに繋がらない時間でもなく、
息抜きの時間でもなく、無自覚の時間なのだ。

自覚無く、浪費してしまう時間。
それは、無限思考からスタートする。
私たちは有限であるはずの時間を、
無限であると勘違いしてしまいがちだ。
たとえば映画を観るとき、あるいは本を読む時、
あなたは真剣に選んでいるだろうか。
本当にその映画、その本でいいのかどうかということを。

もしも人生で読める本の数が決められていたら、
あなたはその本を読むだろうか。
もしも人生で観られる映画の数が決められていたら、
あなたはその映画を観るだろうか。
一人に許された読書の数は30冊まで。
一人に許された映画の数は20本まで。
そう決められているとしたら、もっと真剣に選ばないだろうか。
どの30冊を読むべきなのか、
どの20本の映画を観るべきなのかと。

実は自覚がないだけで、人生で読める本の数も、
観られる映画の数も、行ける旅行の数も、
出来る食事の回数も、全ては有限なのである。
だが多くの人にはその自覚が無い。
読もうと思えば、いつでも読める。
いくらでも読める。
そう勘違いしてしまっている。

だが冷静に考えてみて欲しい。
残された時間の中で、やりたい事、やるべき事は、無数にある。
家族との会話、ゆったりと飲むコーヒー、休日の旅行、
里帰り、友人との付き合い、などなど。
時間はどんどん削られていくのだ。
本当の意味で、自由になる時間はとても少ない。
読書も、映画も、食事も、友人との会話も、ゴロゴロも、
全ては有限なのである。


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