私という他人

知人、友人、兄弟、親戚と、
私を助けてくれる人は、たくさんいる。
だが基本的に私の人生は、
私が頑張るしかない。
自分の人生は自分によって作られて行くのだ。
だがそこに、たったひとりだけ
強力な助っ人がいる。
それは過去の自分だ。

人生とは今の連続である。
今起きている問題や課題は、
今の私が解決するしかない。
だがそこに時々、
とんでもない助っ人が現れることがある。
それが過去の自分。

昨日準備をしておいたから、
今日は余裕を持って仕事ができる。
5年前に頑張って勉強したから、
今は資格を生かして仕事ができる。
つまりは過去の自分の努力である。
だがこれを自分の努力として定義しない。
なぜなら人は、自分のために努力することが
難しい生き物だからである。

明日マラソンをしよう。
そう心を決める。
明日からダイエットしよう。
そう心に誓う。
これらは即ち自分との約束である。
いわゆる努力家、いわゆるストイックな人とは、
自分との約束が守れる人。

だが残念なことに、そういう人は少ない。
では努力家ではない、ストイックではない人は、
どうすればいいのか。
答えはひとつである。
他人を巻き込む。
これしかない。

明日、一緒にマラソンをしようと友人と約束する。
今日はこれしか食べませんと、トレーナーと約束する。
他人との約束を破るのは心苦しい。
だから仕方なく走る。
仕方なくダイエットする。
この手法を自分にも応用するのだ。
即ち、自分のための努力をやめる。
過去の自分の努力を認めることもやめる。
すると人生は一変する。

明日の自分、未来の自分を、他人だと考える。
昨日の自分、過去の自分も、他人だと考える。
他人のためになど頑張れるか!という人もいるだろう。
だが実際、多くの人は自分のためには
頑張れないのである。
人が喜んでくれるから頑張れる。
それが標準的な人間なのである。

自分のために料理するのではなく、
人のために料理する。
そのための準備をしておく。
喜んでくれる顔が浮かび、ワクワクする。
すると翌日、自分のために準備してくれた
美味しい料理が並ぶ。
嬉しい。とっても嬉しい。

その時に、これは自分がやったと思ってはならない。
私のために、やってくれた人がいると考える。
その人に心から感謝する。
未来の自分さんを喜ばすために、
もうちょっと頑張ってあげる。
過去の自分さんがやってくれたことに、心から感謝する。
私という他人が最強の味方になる。

 


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どうすれば企業は生き残っていけるのでしょうか。私は今後、中小企業の経営は二極化していくと予想しています。それは「人を雇い続ける経営」「人を雇わない経営」です。

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1件のコメントがあります

  1.  努力の定義というか、意味ですが、他人が認めるほどの〇〇ではなく、自分が楽しく好きで継続できるようなことや習慣等であり、他人が云々や評価されたどうのこうのではないかと思います。確か、安田さんもそんな発言をされていたような記憶があります。
     過去の自分が、楽しく好きで関心を持ってできるような未来を作る自分でありたいと思いました。
                           以 上

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