この記事について
税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。
プロスポーツの世界って、メディカルチェックがあるじゃないですか。
肘とか肩とかが壊れてないかどうか、契約する前に調べるやつですね。
普通の会社員も健康診断書とか提出させますけど。血液検査はやっちゃいけないとか、いろいろ決まりがありますよね。
メディカルチェックはちょっとマズいです。
なぜスポーツの世界ではOKなんですか?
あれは雇用契約ではないので。
どういう契約なんですか?プロって。
プロ野球選手とかは業務委託契約なんですよ。仕事に対しての対価だから契約内容は自由です。
メディカルチェックもありだと。
ありの契約にしてるってことですね。
なるほど。でも一般的な雇用ではダメなんですよね?
たとえば「体のサイズを測ってこい」とか、そういう「権限の範囲を超えたもの」「雇用者が不利益になりそうなもの」は、労働基準法のルールの中で出さなくていいことになってます。
じゃあ業務委託契約だったら許されるってことですか?
ケースによりますけど。
前に伺ったお話では「出勤時間とかを自分の裁量で決めれないのは雇用契約である」って感じでしたよね。
そうです。時間的な拘束をすると雇用契約だと見なされます。
だったらプロ野球の2軍選手なんて、住む場所から練習メニューから何もかも決められてますよ。あれは雇用じゃないんですか?
業務委託契約ですね。
練習が終わった後の時間まで管理されて、それで野球うまくならなかったら「はい、解雇です」みたいな。
解雇じゃないですけどね。厳密には。
まあ雇ってませんからね。でも、なんでスポーツだけあんなことが許されるんですか。
やっぱり好きでやってるから。それだけの魅力があるんじゃないですか。AKBとかも同じですよね。
AKBもそうなんですか!あれも雇用契約じゃないんですか。
業務委託でしょうね。
だからあんなに安いんですか。朝から晩まで働いて2万円とか。
へたしたらレッスン料払わされてますからね。めちゃくちゃ練習させられて「下手くそだからクビ」みたいな。
地下アイドルとかが、たまにニュースになってますよね。もう本当にいいように使われてる感じで。
そうですね。すごい中間搾取されてる。夢を叶えたいっていうのがもう大前提になってますね。
じゃあ、それがあればオッケーってことですか?どうしても三井物産に入りたいとか。どうしてもソニーに入りたいとか。それが夢なんですって。
いや、それはダメですね。
何が違うんですか?だって「2軍施設で修行してこい」みたいな業務命令じゃないですか。
「ヒット曲当てたら採用してやる」みたいな。
そうですよ。駄目でしょ?これ。
業務委託だから本当は、指揮命令権はないと思うんですけど。AKBとか。
いやいや、ものすごい業務命令してますよ。
してそうですね。
まだ高プロとかだったら年収が決まってるじゃないですか。1000万円以上とか。
1075万円以上ですね。
地下アイドルなんて多分、最低賃金を下回ってますよ。
それだけでは生活できないでしょうね。
絶対無理ですよ。なぜそんなのが許されるんですか?「そもそも自分が好きでやってんだろ」ってことなんですか。
それが大前提でしょうね。「嫌なら辞めてってくれ」って言えるから成り立ってる。
そんなの人気企業でも言えるじゃないですか。たとえば電通とか博報堂とかだったら「入りたいんだったら業務委託契約の2軍からだよ」って言えちゃう。
確かに。
保障は0だよ、みたいな。
それをやったら大問題になると思います。
そこは既得権益みたいなもんですか。スポーツとか芸能の世界の。
吉本も似たようなところがありますもんね。
吉本だって「契約書すら交わしてない」って、問題になったじゃないですか。
でも結局「本人が希望するんだったらOK」ということになりましたね。
やっぱりお笑いや芸能やスポーツって、まだまだ聖域なんですか。
そうですね。でも、だいぶ聖域は少なくなってきてると思いますよ。たとえば新聞記者とかも昔は残業させ放題でしたから。
労基署とかは入らないんですか?
今はどんどんそういうところにも入ってます。コンビニも「実は雇用なんじゃなか」って叩かれてますし。
美容室とかは今でもありそうですよね。まだ一人前じゃないんだから、給料なんて最低賃金より下でいいんだみたいな。
そういうのも、もう通用しなくなってきてます。
寿司屋の職人とかもダメですもんね。
はい。私たちみたいな士業もそうですけど、どんどん聖域が減ってます。
ってことは最終的には、地下アイドルとかお笑いとかまでいくんですかね。
あの世界はちょっと特殊ですから。成功したときの稼ぎも桁外れだし、社会的な地位も得られるし。
今アメリカではマイナーリーグの選手が「もっと給料払え」みたいなこと言って話題になってますけど。日本ではならないんですかね。
「絶対自分は1軍には上がれない」って思い始めたら、そういう話にもなってきますよね。
じゃあ、訴えられたら負ける可能性はあると?
あるでしょうね。
逆に言えば、訴えられないから成り立ってるわけですよね。
そうですね。
たとえば超一流の有名店で「ここの肩書を使って将来は自分で店をやるぞ」って人だったら、絶対訴えないと思うんですけど。
「当事者間では有効な契約」って結構あるんですよ。
たとえばカリスマ美容師の弟子になりたいって人が、最低賃金よりも安かったとして「本人が納得してるんだったらオッケー」ってことですか。
当事者間の契約では有効かもしれないですね。ただし法律上はアウトですよ、もちろん。
その場合はどうなるんですか。法律上アウトで、だけど本人は訴えてないって場合。
極めて揉めるケースが少ないってだけの話ですね。
なるほど。だけど違法だと。
はい。
じゃあ万が一訴えられたら負ける?
負けるでしょうね。
久野勝也
(くの まさや)
社会保険労務士法人とうかい 代表
人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。
事務所HP https://www.tokai-sr.jp/
安田佳生
(やすだ よしお)
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。