第27回 町のパン屋でも、値上げをするべき理由

この対談について

地元国立大学を卒業後、父から引き継いだのは演歌が流れ日本人形が飾られたケーキ屋。そんなお店をいったいどのようにしてメディア取材の殺到する人気店へと変貌させたのかーー。株式会社モンテドールの代表取締役兼オーナーパティシエ・スギタマサユキさんの半生とお菓子作りにかける情熱を、安田佳生が深掘りします。

第27回 町のパン屋でも、値上げをするべき理由

安田

最近よく「パン屋の倒産が増えている」という記事を目にするんです。そういう記事を読んでいて思うのが、「値上げしたから客が離れていって倒産した」わけでなく、ほとんどの場合「値上げができなかったから倒産した」んだろうなと。


スギタ

あぁ、わかります。そしてだいたいどの記事も「値上げしないことはいいこと」という前提で書かれていますよね。

安田

そうそう。前回の対談では「値上げに反対する社員」の話をしましたが、社長自身が値上げを嫌がるという側面もあるのかなと。そこを変えていかない限り、業績がよくなることはないと思うんです。


スギタ

仰るとおりだと思います。そもそも「何十年も変わらずお値段据え置き」みたいな話って、お客様にとって本当に嬉しいんだろうかと。多少高くなってもいいからクオリティを上げていった方が喜ぶんじゃないかなぁ。

安田

同感です。実は、私の家の近所に小料理屋さんがあるんですけど、そこはずっとすごく美味しい「おろしわさび」を使っていたんですね。ところがある時から突然「練りわさび」になっちゃいまして…。


スギタ

うわぁ…それはショックですね…。

安田

そうなんですよ。おそらく価格を据え置くために変更したんでしょうけど、「なんてことをしてくれたんだ」と(笑)。頼むからその分を値上げしてくれって思いましたよ(笑)。


スギタ

こちらとしては「美味しいもの」を食べたいわけで、決して「安いもの」を食べたいわけじゃないんですよね。でも残念ながらそこに気づけない経営者が多いんだと思います。

安田

そうですよね。しかもネット記事のコメントには、「昔はトレー山盛りに買っても1000円以下だったのに、今は倍の値段になる。もうそのパン屋には二度と行かない」なんて書かれているわけですよ。


スギタ

あぁ…経営者がそんなコメントを見ちゃったら、ますます「値上げなんて絶対できない」って思っちゃいますね。

安田

そうでしょうね。でも実際のところ、私やスギタさんのように「高くても美味しいものが食べたい」と思っているお客さんっていっぱいいますよね?


スギタ

いますいます! ウチのお店も値上げしたからお客様が減ったなんてこと全くありませんし。やっぱりお客様に「このお店はちゃんとしたものを出してくれる」という安心感を与えられることが大事なんだと思います。

安田

安心感というのは「値段に見合ったクオリティやサービスが受けられる」ということですよね?


スギタ

そうですそうです。「安さを維持し続けてくれる安心感」もあるかもしれませんけど、先ほどの小料理屋さんのように「値段は変わらないけど使っているものが変わっていく」という体験は、お客さん側からしたらショックなことじゃないですか。

安田

すごくショックですよ! 味が変わるということもそうですし、お店のスタンスに対しても疑問が湧いてしまうというか。


スギタ

おろしわさびが練りわさびになり、バターがマーガリンになり、ステルス値上げと言われるような「お値段そのままで内容量が減っている」…なんていうことに気づいた時は、心底がっかりしますよね(笑)。

安田

それが好きなお店だったり商品だったりしたら、なおのこと。私だったら「これは裏切りだ」と思っちゃいますね(笑)。


スギタ

笑。だからこそ僕は、「このお店にきたら絶対に美味しいモノが食べられる」とか、「今までに経験したことのない味に出会える」というところを担保するために値段を上げていこう、と意識を切り替えていきました。

安田

なるほどなぁ。とは言え、その「切り替え」ができず、倒産にまで追い込まれてしまう経営者も多いと思うんです。あらためて、スギタさんはなぜ意識を切り替えることができたんですかね。


スギタ

そうだなぁ。結論から言えば、しっかり「数字」に向き合ったからでしょうね。感覚や感情で経営するんじゃなく、いろいろなデータを取って冷静に対処していくというか。

安田

ふむふむ。そういえばある記事で「自分の土地に店があるから家賃はかからない。だから利益が出なくても経営できている」って話が載っていて。でもそれって健全な経営とは言えないですよね。


スギタ

そうですね。持ち家で営業するにしても、家賃がかかっている想定で考えるべきだと思います。あとはなんていうか、そういうお店ってやっぱりレベルアップしていかないんですよね。「値段は安いままにしてあげているんだから、この程度の味でもしょうがないでしょ?」っていう感じで。

安田

ああ、確かにそうですね(笑)。


スギタ

そうすると今度はお客さん側に「ここのパン屋のパンと、スーパーやコンビニのパン、何が違うの?」って思われてしまうリスクもあって。

安田

確かにねぇ。だからこそスギタさんのお店では、常日頃からクオリティアップに挑戦しているわけですね。そしてそれに伴いしっかり値上げもすると。うん、すごく健全だと思います。


対談している二人

スギタ マサユキ
株式会社モンテドール 代表取締役

1979年生まれ、広島県広島市出身。幼少期より「家業である洋菓子店を継ぐ!」と豪語していたが、一転して大学に進学することを決意。その後再び継ぐことを決め修行から戻って来るも、先代のケーキ屋を壊して新しくケーキ屋をつくってしまう。株式会社モンテドール代表取締役。現在は広島県広島市にて、洋菓子店「Harvest time 」、パン屋「sugita bakery」の二店舗を展開。オーナーパティシエとして、日々の製造や商品開発に奮闘中。

 


安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家

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1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。

 


 

 

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